Day14 お下がり

 午後一〇時。弔路谷怜ちょうじたにれいとの個別チャットで送られた『たすけて』の四文字に、僕はタクシーアプリを起動させる。

 大抵のことは自分で解決してしまう弔路谷。寧ろ相手を陥れて、助けを求めさせる展開へ持って行く方が圧倒的に多い彼女からのSOSなんて! 前代未聞だ。UR級の案件と言って良い。つまり、マジでガチの緊急事態。からかう価値がある。いつ冷やかすの。今でしょ。

 法定速度を遵守しながら急いで駆けつけた弔路谷家は、ひっそりと静まりかえっている。以前、夜に訪れた際、弔路谷ご夫妻は留守だった。今夜もふたりは不在らしい。『はじめくんしかたよれない』と言う。

 インターホンを押して約一分。音もなく、細く開かれた扉の向こうに立つ彼女は、僅かな光でも窺えるぐらい顔面蒼白だった。

「うわ、どうした」

「夜遅く、ごめんね。ハジメくん」小さく静かな声が震えている。

「それは良いけど。何があった?」

「うん、あの……取り敢えず入って」

 声も姿勢も弱々しい弔路谷が、ほんの少し扉を大きく開いた。身体を僅かにずらし、入室を促される。照明の類が灯っている様子は見られない。一体何なんだ。異様な雰囲気に唾を飲み込み、僕は弔路谷家へ踏み入れる。

 背後で扉の閉まる気配がした。決して大きくはない施錠音が厭に耳に付く。

「で?」僕は質問を繰り返す。「何があった?」

「ハジメくん、怒らないで聞いてね」

「内容による」

「じゃあ、落ち着いて聞いてね」

「……判った」

「あのね……使用済み藁人形で『ひとりかくれんぼ』したら、えらいことに――」

 皆まで聞かず踵を返した。飛びつくようにドアノブを摑み、鍵を開けて脱出しようとする。が、解錠は出来るのに扉は動かなかった。押しても引いても全く動かない。ノブを回す喧しい音だけが無駄に響く。

「やめてハジメくん、静かにして」シーッと、人差し指を唇の前で立てる弔路谷。「わらたんが来ちゃうよ」

「ふざけんなよ……!」振り返り、僕は小声で怒気を表す。本来なら、めちゃくちゃに怒鳴ってやりたいところだ。「帰る、僕は帰る……!」

「無理だよ。ゲームを終わらせなきゃ。だから、ね? ハジメくん。今夜は寝かせないぞ!」

 結局、本当に朝まで付き合わされた。

 紆余曲折を経て、最終的に庭で燃やされることとなった藁人形。朝日に負けず劣らず赤々と燃える炎で、金属製の串に刺したマシュマロを焼く弔路谷怜を眺めながら僕は固く誓う。

 もう二度と、彼女のヘルプには応じない。

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