Day13 流しそうめん

 近代的な、けれど碌に使用されていないだろう弔路谷ちょうじたに家のキッチンで、御令嬢が何かを捏ねている。傍らに置かれたスマホから流れるBGMは『3分クッキング』のアレ。

「夏バテ!? ちゃんと食べなきゃ駄目だよ! 死んじゃうよ!?」

 と言われたのが三日前の夕方。そして昨日来た『うちで手料理作ってあげる♡』のメッセージからして、厭な予感はしていたのだ。これまでの経験を思い出せ、九十九一つくもはじめ。まともなものなんか出てこないぞ、と。

 なのに律儀にも約束をして訪れたのは、行かなければ一層面倒臭い事態になると思ったからだ。例えば、手料理とやらを弁当箱に詰めて大学に持ってくるとか。そしてそれを食堂内で渡されて、「食べて! 今ここで!」と駄々を捏ねられるとか。そうなると僕は、大学を辞めざるを得ない。

 弔路谷家で食べる弔路谷れいの手料理と、大学中退。天秤に掛けるまでもなかった。

 しかし、僕は後悔している。ねちょねちょと捏ねくり回される物体を見ながら。

「何、作ってんの?」

「おそうめん」

「……なんか、黒くない?」イカ墨でも入っているのか? いや、イカ墨だと言ってくれ。炭でも良い!

 僕の心からの願いも虚しく、弔路谷は目映い笑顔で「イカ墨じゃないよ」と言う。

「お化けだよ!」

 眩暈がした。

 弔路谷怜は夏バテ知らずだ。軽快なリズムに合わせて元気に唄い始める。

「怪異くんちゃんクッキングー! 今日のメニューはぁ〜、どぅるるるるるるるるるるるる〜ジャン! 流しぃ〜そうめぇ〜ん!」

 そうめんと言いながら、捏ねた怪異の塊をビニール袋に入れて足踏みする光景は、うどんの作り方だった。切って茹であがった様も、完全にうどん。弔路谷家の二階と庭を繋ぐように設置されたウォータースライダー宛らの装置だけが、唯一の流しそうめん要素だ。

 用意されたつけだれは、ポン酢醤油にゴマだれ、塩、激辛トマト汁、担々麺風肉味噌。デザート枠でチョコレートソースに善哉。

 あぁ、僕は下手物を食わされて命を落とすのだ。そんな死に方をするなら、夏バテによる栄養失調で死ぬ方が余程マシだな。

 と思ったけれど。弔路谷の眼を盗んで麺を一本摘み食いしてみたら、意外にも旨かった。これならイケるかもしれない。デザート枠のつけだれは、どんなに薦められても全力で回避するけども。

 人生初の流しそうめんに遅まきながら胸の鼓動が高鳴りだす。

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