Day10 ぽたぽた

 あるサークルの部室は、一〇年ほど前から雨漏りが止まない。雨の日は勿論、晴れの日も、曇りの日も、雪が舞う日も。昼夜を問わず水が滴り続けている。

 教授や先輩方の話によれば、建物や水道管を何度点検しても異常は発見できず。原因も不明。故に修理したくても出来ないのだとか。

「漏れた水は、どうしてるんです?」

「バケツで受け止めて、溜まったら、溜まったのに気付いたひとが片付けてるらしいよ」

 なんて非効率的なんだ。先輩の言に、僕は内心で深い溜息をつく。絶対、片付けてないだろう。どうせ「気味が悪い」だとか「恐くはないけど面倒臭い」という理由で、誰も近寄らないんだ。そうに決まっている。先輩だって「らしいよ」って言っちゃってるし。

 ……というコメントは差し控えて。

 話を聞き、「何それウケる」と面白がった弔路谷怜ちょうじたにれい。散歩がてら行ってみると言うので、僕も同行することにした。


 * * *


 その部室の天井は確かに、水が垂れている。

 彼方此方から真下に設置されたバケツへ。ぽたぽたと。どのバケツも満杯だ。けれど、溢れているものはなかった。表面張力のギリギリを保つ水面は、落ちる一滴一滴に揺らぐことはあっても零れることはない。

 更に言えば、これだけの水分と湿気があるというのに、黴臭さどころか黴そのものが存在していない。

 当然である。

 これは雨水ではない。

 水道管から漏れた水でもない。

 涙だ。

 天井に張り付いた女性が大勢、泣いているのだ。しくしく。しとしと。僕らは、黙って彼女たちを見上げる。

 ――わたしたち、ここで非道い目に遭ったの。

 失恋だったり、虐めだったり、セクハラだったり。彼女たちは、この部室で様々な辛い経験をした。その時に生まれた恨み辛みは拭われることなく溜まり続ける。一滴も零さず。けれど、決して溢れもせずに。

 非道い目に遭わせた張本人は憎い。けれど、それ以外のひとには何の罪もないから。僕も、弔路谷も。無関係で意味がないから。僕らは服の端っこさえ濡れやしない。番傘レーラちゃんが活躍する場はない。

「かっこいい女性たちだったね」

 部室のドアを閉めた直後、弔路谷が言った。

「……そうだな」

 凛として、強い彼女たち。可哀想だなんて思ってはいけないのだろう。同情すれば却って呪われそうだ。

 でも、僕は考えずにはいられない。この部室の雨が止む日は、果たして来るのだろうか。何処にも行けず、消化されない感情たちの行く末は何処に。

 また一滴、混じりけのない怨念が垂れる。今日も明日も。

 ぽたり。

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