Day6 アバター

 とあるマンションの一室で女性が刺殺された。

 そのひとの名前が仮想空間〈M:glory〉から消えた女性アバターのIDそのままで、僕はどきりとする。死亡日時と消失日が同じなのも心臓に良くない。

「彼女と彼女は同じひとかもしれない」

 昼時。大学構内にあるカフェテリアの片隅で、弔路谷怜ちょうじたにれいに同一人物の可能性を話したら爆笑された。腹を抱え、眼のふちに涙を浮かべながらゲラゲラと。余りにも大きく響いた笑い声に、居合わせたひと達の眼が一斉に僕らへ向けられる。が、声の主を認識した瞬間、すっと視線が逸らされた。

 ああ、弔路谷怜。今、お前が周囲からどう思われているか判ったぞ! 実に愉快、じゃなくて憐れ。

 他人からの評価など一切気にしない弔路谷が、滲んだ涙を指で拭いながら「それはないよ」と首を振る。

「だってそのアバター、生きてるもん」

「生きてるもんって」思わず、僕の口調が呆れたふうになる。「〈M:glory〉、やってないだろ」

「うん。やってないよ」あっけらかんと認める弔路谷。「けど、現実で死んだ人間が仮想空間で生きてる話は、よくあるでしょ」

「よく……あるか?」

「あるある。かき氷食べたら、頭がキーンッてするぐらいある!」

「いや、ないだろ」

 とは言ったものの、その日の夜、僕は仮想空間で彼女を捜索した。

 弔路谷の言うとおりだった。

 彼女は生きていた。

 ただ、話しかけても応えてくれない。どんなアクションを仕掛けても反応しない。歩いて、立ち止まって、時折思い出したように瞬きをする。まるで人形みたいだと思った。仮想空間に彷徨う生きた人形。

 乗っ取りや成り済ましを危惧してシステム側から彼女に接触してみる。失敗した。『ERROR』が表示された途端、けたたましい警告音を発した僕のパソコンは、抵抗虚しく見事にクラッシュした。

 お陀仏となった愛機を前に溜息をひとつ。彼女に殺された気分だ。そんなこと、あるはずがないのに。

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