Day5 蛍

 蛍を飼い始めたから見に来て、と弔路谷怜ちょうじたにれいに誘われ、不安にならないわけがない。彼女には文鳥の前科がある。どうせ「じゃーん! 蛍だよー!」と笑顔で言いながら、似て非なるものを披露されるのだ。オチは完璧に見えている。

 なんやかんやと理由を付けて断ろうとしたが結局、弔路谷家へお邪魔することとなった。今回は来訪時間を指定された。その時刻は午前二時。僕はメッセージを二度見した。眼を擦り、LINEを再起動したけれど文章に変化はない。

『2時に来て!』

『14時じゃないぞ、2時だぞ』

『タクシー代は出す』

 指定されたとはいえ、そんな時間に他人宅を尋ねるなんて。非常識極まりない。けれど本人がタクシー代を出すと言うから、僕は簡潔に『りょ』と返信した。LINEを落としてタクシーアプリを起動する。


 * * *


 真夜中にも拘わらず、僕を出迎えたのは弔路谷怜ただひとりだった。ご両親は就寝中か、と思ったのだが。予想に反し軽い口調で

「親? 居ないよ」

 と言われた。

「……もしかして――」

「あ! 違うよ!? 死んでないから! ちゃんとご存命だから! あたしが幼い頃に交通事故で……なんて劇的でロマンチックな展開にはなっていません。普通に! 夫婦で旅行中! です!」

「…………」

 僕が続けようとした言葉は「夜勤」だった。けれど、敢えて沈黙で返した。両手をジタバタさせて必死に「生きてる!」とアピールする弔路谷が面白かったので。最後の「です!」の発音が完全に「DEATH」だったのもスルーしてやる。

 文鳥の時は地下室へ案内された。

 今回は庭だった。

 芝生が奇麗に整備されただけの空間。その中心で輝く何かが、芝の色と周囲の暗闇を一層濃くしている。

「じゃじゃーん!」と掲げられたのは、プラスチックの虫籠いっぱいに詰まった蛍光緑だった。規則性をもってチカチカと瞬いている。が、絶対に蛍ではない。

 ほらみろ、やっぱりこのオチだ。げんなり感を隠すことなく「なにこれ」と訊ねる。

「蛍」

「人面蛍が存在して堪るか」

「じゃあ人魂」

 似て非なるものどころか、とんでもない代物だった。

「いろんな心霊スポットで集めてきたの。どお? 奇麗でしょ!?」

「おどろおどろしいわ。もとの場所に帰してきなさい」

「やだー! 折角集めたのに! 電気代の掛からない超サステナブルな照明&冷房器具なのに!」

「ふざけんなよ、お前。これ死霊ってことだろ? 心霊スポットに取り憑いてたか彷徨ってたかしてた奴らだろ? それをサステナブルとか言うんじゃねえよ。不謹慎だわ」

「死霊。それは人間が存続する限り持続可能なエネルギー集合体」

「マジで黙れ」

 弔路谷の手から虫籠を奪い取り、僕は素早く蓋を開ける。やだやだハジメくんの馬鹿! 人でなし! などと喧しいが、知ったことではない。彼も彼女も弔路谷に飼育され、照明とエアコンの代用品にされるなんざ真っ平ごめんだろう。それに、満員電車ならぬ満員籠から一刻も早く解放されたいに違いない。

 果たせるかな、蛍光緑は続々と出てきた。さながら朝の通勤電車から排出される乗客のように。

 しかし、今を生きる僕らとは異なり、彼らが地面に足を着けて歩くことはない。過去に磔にされた死霊達は、ふわふわと夜空へ舞い上がっていく。その姿は確かに蛍っぽく見えた。

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