Day4 触れる

 起き抜け、見知らぬ女が自分の顔を覗き込んでいたら誰だって叫ぶ。否、見知った女でも叫ぶに違いない。例えば実家暮らしで、母親ないし姉もしくは妹が、ベッドで眠る自分を見下ろしていたら。それも、ちゅーが出来そうな程の近距離で。やっぱり叫ばずには居られないだろう。

 僕も叫んだ。僕は一人暮らしなので必然、見知らぬ女は不法侵入者ということになる。

 しかし。よく観察すると、見知らぬ女ではなく弔路谷怜ちょうじたにれいだった。いや、僕が知る彼女は電波で、頭のネジが揃っているか大変怪しいけれども、透けてはいない。そこまで狂人ではない。骨が筋肉に包まれ血が通い、内蔵が然るべき場所に詰め込まれ、皮膚に覆われている。霊長類ヒト科。ホモサピエンス。

 よって眼前の透けた女はやはり、見知らぬ女だ。肌どころか全身が透明感のある……というよりありすぎるスケスケな知人など、僕は持っていない。

「やぁ、ハジメくん」

 見知らぬスケルトンに名前を知られている。怖い。

「起床直後に大絶叫、イイネ! 元気でよろしい!」

「うるさい、目障り、消えろ」

「親友のレイちゃんに向かってなんて非道い」

 ウザいので頬に平手打ちを食らわす。弔路谷によく似たスケルトンの頭部が掻き消える。なのに、僕の掌は何の感触も得られない。煙か靄を払ったみたいだ。舌打ちをひとつ。

「暴力的だなぁ、ハジメくん。機嫌悪い? もしかして低血圧?」

 愉しげに笑う頭が、やはり煙か靄のように集まって戻ってくる。弔路谷スケルトンからの問いを無視し、何故そんな摩訶不思議な身体になっているんだと訊いた。途端、すっと失われる感情。完全なる無表情で「実はね」と言葉が紡がれる。

「ハジメくんを夜這いするため夜中にここへ来る途中、交通事故に遭いまして」

 あたしの本体は現在、ICUです。

 真剣な調子で宣う彼女の頭を、今度は拳で掻き消す。

「身体を取り戻して来い。話はそれからだ」

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