第16話 旅立ち
兵士に扉を閉められ逃げる機会を失ったリスニは「山羊の姿だったら失神してたな」と独り
置物のような二人の男たちを目の端に止めながらルーは健太郎に「私は暗部ウェアウルフのルー・ガルーなのです」と挨拶する。
狼の耳と尻尾を引っ込めたルーは忍者のコスプレをしているただの美少女にしか見えない。そんなルーがペコリと愛らしくお辞儀をすると健太郎は笑顔をみせ
「おれは七星健太郎だ、健太郎でいい」
「はい、なのです。健太郎さま」とまた従順にお辞儀をし、リスニの方を指さして
「あの黒山羊さんは健太郎さまのお弁当なのです?」とうっかり涎を少し垂らした唇を拭いながら言うとリスニがギャッと悲鳴を上げる。
「確かにあれは山羊だけど弁当ではないぞ、食べたらダメだ。おれの大切な仲間だからな」
健太郎の言葉にリスニは安心したがルーは少し残念そうな顔をして「了解なのです」としょんぼり答える。
すっかり上下関係が出来てしまった健太郎とルーに壁にまだ張り付いているリスニとコンスタンタンがヒソヒソと顔を寄せ合って囁き合っていた。
「弱点を素早く見抜くとは、健太郎殿はやはり勇者だったのでは?」
「それはないですよ。ですがただ者ではないという事は分かりました。
コソコソしている二人を気遣ってアンリエッタがルーを抱き寄せる。
「お二人とも大丈夫ですのでこちらにいらしてくださいませ」とにっこり笑って促した。
ルーはアンリエッタと健太郎の間に挟まれがっちりと手も握られていたのでコンスタンタンはコホンと咳払いを一つして居住まいを正してから側に寄っていく。
リスニは知らず知らずのうちに体を震えさせながらコンスタンタンの後ろからついていき、彼を楯にしながら顔を少しだし「おいらは喰っても美味くないからな、近づくなよ」と牽制した。
「健太郎さまとの約束なので多分、食べないのです」
「多分?」と健太郎とリスニが同時に言うと「裏切ったらその場で食べるのです」とすっと色が
「リスニが裏切るなんてことはないぞ」と健太郎はすぐさま口を挟む。
「黒山羊というのは悪魔の象徴なのです。信用してはいけないのです」
「お生憎さま、おいらはトール女神の眷属なんでね、悪魔じゃないんです。主のトール様の御意向で動いているだけなんで」
「フン、神様って言うのが一番やっかないな存在なのを知らないのです?」
「主を侮辱すると許さないぞ」
「山羊さんのくせに生意気なのです」
「くそ、なんでおいらがこんな面倒な人狼族と一緒に行動しないといけなんだ。主に頼んでタングさんと交代してもらおう、そうしよう」
リスニは怯えることなくルーと普通に会話ができていることに気が付かないまま憤慨していた。
「なんです? そのタングさんというのも山羊さんなのです?」とルーがタングという名に興味津々になり問いかける。
「タングさんは白山羊だ。ただ、肉は黒山羊の方が美味いと聞いたことがある」と健太郎が毎度のごとくずれた返事をするがルーにとってはいい情報だったらしい。
「健太郎さまは食べたことがあるのです?」
「以前いた国のある地方ではヤギ汁というのがあった。おれは食べたことはないが旨いらしい。ただ個人的には羊の方がうまいと思うから喰うなら羊にしておけ。ただし売ってるやつだぞ」
ルーは目を輝かせて「ルーは今日から健太郎さまの弟子になるのです!」と健太郎に抱きついた。
暗部の
「男前っすね」とげんなりするリスニ。
「健太郎さまはやはり凄いですわ」と、うっとりなアンリエッタ。
「やはり勇者なのでは」と健太郎に対して畏敬に近いものを感じるコンスタンタンだった。
* * * *
その後の話し合いの末、エリアーヌの救出には健太郎とリスニとルーの三人で向かうかことになった。健太郎はコンスタンタンにも来てもらいたいと伝えたが王室付きの近衛騎士隊の隊長が職場を離れる事が出来るはずもなくアンリエッタを守ることが何よりも一番の使命なので彼女と共に王城に残ることになる。
支度金と褒美は袋に金貨が30枚ほど入っていた。健太郎には価値がよく分からなかったのでリスニに預ける。
「かなり奮発してもらえましたね。手持ちをいくらか持って後はおいらの収納魔法で管理しときます」というと何もない宙に手を突っ込んで金貨の入った袋をしまった。
ルーは特に準備もなくそのまま同行することになった。ただこのまま居なくなると部下が困るので一応報告しておくと言って自分の影を一部切り取って伝令を命じると切り取られた影が地下に潜ってどこかに消えていく。
「チートな技もってるんすね」とリスニが言うと「お前もな」とルーが返した。
こうして三人はアンリエッタとコンスタンタンに別れの挨拶をしてから王城を囲む塀の前に待機させてある馬車のところに戻った。リスニが御者席に座り健太郎とルーが馬車に乗る。
馬車を引く黒馬がルーを見て怯えて逃げ出そうとしたのを止めるのが大変だったのは言うまでもない。
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