第15話 ルー・ガルー
にっこりと笑うアンリエッタの足元に二人分の影ができている。床に張り付いたように延びた影は今にも立ち上がりそうな気配を醸し出していた。
「ルー、ご挨拶して」とアンリエッタが後ろをチラッと振り返るとひょこっと銀髪の美少女が顔をのぞかせる。
少女の顔を見た途端、コルネイユ公爵と兵士はヒィと同じタイミングで息を飲んだ。
黒い忍者のような服を着て銀髪の長い髪をゆるく後ろで縛りブルーグレーの瞳には濃い睫毛が影を落としている。スレンダーな体に似合わず胸は出しゃばっていたのでリスニの視線が釘付けになった。
「お、お前は、暗部ウェアウルフの、あ、頭のおかし、いや、
パラッ
「ひっ」 コルネイユ公爵のクセのある髪の毛が何本か宙を舞っている。
「あっ、イラっとして
公爵の髪の毛を切ったナイフは後ろの壁にビィンと刺さって震えているがその先には小さな蠅が縫い付けられている。
リスニは一瞬にして少女の強さを悟り全身で警戒した。それは彼女の強さにだけではなく山羊としての生存本能が危険を知らせていたからだ。
「はぅ、かぐわしい香りが何処からか漂ってくるのです」
そう言うとルーの潤んだ瞳がギラリと光りターゲットを絞り込む。
リスニの頭にカンカンカンと警報が鳴った刹那、ルーに後ろをとられ抱きつかれていた。リスニは一ミリも動くことがないままに捕獲され冷たい汗がにじみ出た。
「はうー、美味しそうな匂いに頭がクラクラするのです」
自分より背の低いルーに後ろから羽交い絞めにされ首筋をクンクンかがれたリスニは全身に鳥肌が立つ。
「お前、狼だろっ、くそ、だんな助けて、こいつを剥がして、ちょ、離せー」
「あ・じ・み、なのです」と言いながら長い舌をぺろりと出したルーはリスニの首筋を下から上へと舐めあげる。
するとビリビリとルーの全身に電気が走り髪の毛が逆立つと頭から狼の耳がボンッと現れ次に尻尾がボボンと生えた。
「うひゃー、食べられる、早く、助けて、だんなぁ」 リスニは暴れるがルーの力が強くて剥がせない。
それまでじーと様子を見ていた健太郎だがルーの尻尾を見た途端さっと近づいてふさふさした尻尾の根本をガッシと両手でつかんだ。
「あっ、ひぃ~ん」 ルーは変な声を出してリスニの背中からずり落ちる。
解放されたリスニは素早く部屋の隅に避難するとすでにコンスタンタンとコルネイユ公爵と兵士が壁に張り付いてルーから距離をとっていた。
健太郎は床に寝そべっているルーの尻尾をモフモフしたり耳の後ろを掻いてやったりと犬を相手にしているように遊んでいる。ルーは嬉しそうに仰向けになってハフハフと息を荒くしていた。
はた目に見ると少女をいたぶっているような、説明も
「健太郎様、その辺でお止めになってくださいませ。ルーもはしたないですわよ」
「あっ、すまない。うちで飼ってたシロという犬に似てたんでつい」
「こんな事は初めてですわ。ルーは私とエリアーヌ以外に触らせませんのよ。誰かが触ろうとしたら途端に手首が落ちてますわ」
「ええっ、そうなのか」
驚いた健太郎が手を離すと我に返ったルーはさっと飛び起きてくるくる回転しながらアンリエッタの横に着地する。
「うー、この人から悪意がまったく感じられないのです。殺気がないから反応が遅れてしまったのです。不覚なのです」
「分かりますわ。私も健太郎様には安心感を覚えますもの」
「静かな魂に勝てる気がしないのです。あとあの筋肉が美味しそうなのです」
「それも分かりますわ。あの厚い大胸筋が素晴らしいですわよね、ウフフ」
アンリエッタとルーはキャッキャウフフと手を取り合って健太郎の話で盛り上がった。
貴賓室の真ん中で繰り広げられる楽しそうな和気あいあいとは別に壁にへばりついて動けない健太郎以外の男たちは何を見せられているんだろうというような顔で口をあんぐり開けていた。
「あの男、ウールヴヘジンのルー・ガルーを手なずけおった。勇者というのは本当だったのか」
コルネイユ公爵は足をガクガクさせながら壁伝いに部屋の入口まで兵士と一緒にこっそりカニ歩きをしながら呟く。
「ウールヴヘジンだと。おいら恐ろしくて近寄れないんですが、騎士様どうにかしてくれませんか」リスニは懇願するように横にいるコンスタンタンに言う。
「私に振らないでくれ。私もアレにだけは怖くて近寄りたくない」
方や、みっともなくカニ歩きで扉まで到着したコルネイユ公爵は、
「途中で逃げる事などないように。よく見張っておけ、いえ、おいてください、ひぃ」と、偉そうに指図する途中でルーと目が合い思わず敬語になったあと兵士を押しのけて脱兎のごとく逃げていった。
残された兵士は健太郎に向かって「あなたは誠の勇者であります。私は貴方を尊敬します」と胸に手を当て深々とお辞儀をしてから扉を閉めた。
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