第13話 勇者

「錬金術のスキル持ちとは素晴らしい、すぐにでも保護しないと」

「これでもう他国へ依存しなくて済むぞ」 

「これは僥倖だ、公爵もケチなことを言わずに褒美を与えるべきだ」


 その場に居合わせた貴族や大臣たちは口々に誉めそやして先ほどとは打って変わった態度になりコルネイユ公爵も思惑ありげな顔で健太郎を見ている。


 思いがけない方向に騒がしくなった広間にアンリエッタが動揺し始めたのがわかりコンスタンタンは彼女のほうにばかり気を取られていた。


 そんな中、「彼は勇者なんです」と突然リスニが喧騒を破って爆弾を落とした。その言葉に小さく「えっ」と言ったのは健太郎とアンリエッタとコンスタンタンだった。


 広間の貴族たちは一瞬水を打ったように静まり返ったが人々はまた口々に囁き始める。


「勇者だと」

「何を言っているんだ信じられん」

「今になって勇者が現れたのか」

「勇者で錬金術持ちとは、本当ならますます国の宝ではないか」


 皆の目が赤いカーペットの中心にいる二人に釘付けになるとリスニは健太郎の腕を取って手の甲を掲げてみせた。


「この手の甲に浮き出た紋章が勇者の印です。我々はこれから勇者として第二王女殿下の救出に向かいます」


 おおおおぉおーー


「本当だ手の甲に浮き出た紋章がある」

「あれが勇者の印なのか!」

 

 広間に歓声があがり、国王は驚きと喜びで目を見開いた。


 何者かにマーキングされた紋章を勇者の印といつわってはばからないリスニに健太郎は驚いたが顔に出さないように我慢しているのか口を真一文字にして黙っている。


「国王陛下に申し上げます。今すぐにでも出立して第二王女殿下の救出に向かいたく、無礼を承知でこの場を辞させていただきたく存じます」


「勇者だと。信じられん、お前は何者だ」コルネイユ公爵は今度はリスニを口撃し始めた。


「申し遅れましたが私はトール神より勇者様の手伝いをするようにと仰せつかったリスニと申します。何卒、国王陛下にお願い申し上げます」


 リスニはコルネイユ公爵を無視して国王に向かい胸に手を当てお辞儀をしてみせる。

  

 蚊帳の外にされ怒りをあらわにするコルネイユ公爵だったが国王は迷うことなくリスニの申し出を受けた。


「少し黙ってくれないかコルネイユ公爵よ、いや宰相。トール神からの宣託なら尚の事、余はこの者たちに希望を託したい」


 コルネイユ公爵はグギギギギと歯ぎしりをして「すでに近衛騎士団の精鋭部隊が後を追っているではないですか。今頃から出て行っても遅きに失しているかと」


「そんなっ、すでに手遅れのようなことを、エリアーヌがもうダメだというような」とアンリエッタが狼狽える。


「手遅れではありません」


 リスニが手を上げると一羽の白い鳩が広間の高い天井近くの換気窓から飛び込んできた。それは天井を一周ぐるっと回るとリスニの肩に止まって耳元でさえずった。


 まるで会話をしているようなその様に息をのんで見入っていた貴族たちは鳩が煙のように消えてしまうの見てまたざわめく。


「第二王女殿下はご無事です。居場所も分かりましたので私たちはこれから救出に向かいたいと思います」


「おお、そうか無事でおるか。余はおぬし等に託したい、宰相、支度金の用意を頼んだぞ。先の礼も兼ねておるのでな惜しむ事なく出すように」


 コルネイユ公爵は「御意」と言葉少なく返事をしたがその顔は憎しみに満ちていた。広間からドスドスと足を踏み鳴らして出て行くと一度だけ振り返りまた去っていく。



 謁見の間の扉の前でトンファーを返してもらい、貴賓室へ移動した健太郎とリスニは部屋の調度品の豪華さに驚きながら案内されるままにテーブルについた。


「今しばらくお待ちください」と家令のトーマスがお辞儀をして部屋を出ていくのを見計らって健太郎がリスニに文句を言い始める。


「勇者なんて、なんでそんな嘘をつくんだ」


「錬金術のスキル持ちってバレちゃったんだから仕方ないでしょ。ここから逃げるにはエリアーヌ王女殿下を救出するという理由が一番すよ」


「確かに拉致されたという妹さんは心配だが、勇者と嘘をつく必要はないだろう」


「はったりは大事ですぜ。錬金術のスキル持ちで勇者となれば敵も簡単に手を出してこれないだろうし、それに旦那にはトラックとなにより女神の加護がある。何とかなりますよ」


 健太郎はしばらく考えこんだ。


「トールの言っていたおれのやるべき事がなんなのかは分からない。この世界で何をしたらいいのか見当もつかなかった。だが困っている人がいておれが何か手伝えることがあるなら何もしないよりはいいと思う」


 覚悟を決めたような健太郎の呟きにリスニもしばらく考えこんでから申し訳なさそうな顔で、


「別にやらなくてもいいんですよ。あるじが何を望んでいるのかはおいらにも分からないし、王女殿下救出はあくまで口実ですからね」


「いや、乗り掛かった舟だから、妹さんも助けたい」


「そうですか。おいらが言い出したのにこんな事を言うのもなんですがね、相手は相当強いですよ。それは分かって置いて下さいよ」


「分かってる」


 健太郎がまたしばらく腕を組んで黙り込むのをみてリスニはいたずらっぽい目をした。


「だったら強い奴を探して仲間にするっていうのはどうですか。パーティ―を組むんですよ。誰も一人でやれとはいってない」


「ああ、仲間か。それはいいな、一人ではどうにもならないからな」


「とにかく広間には怪しいのが何人か潜んでいたし、あの公爵は胡散臭すぎて信用できないすよ。ここから一刻も早く出て行きましょう」


「分かった。リスニに任せる」


「じゃあ後はおいらに任せてください」

 

 おうと健太郎が頷いたと同時に部屋のドアが開きアンリエッタとコンスタンタンが入ってきた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る