第8話 城に向かう

 空高く飛んでいく戦車が小さくやがて点になったのを見計らってリスニが二人を振り返る。


「では、改めましてっ」 


 ヒヒーーーンッ


 リスニが話し出すと馬が鼻から火を噴かんばかりに怒り出す。


「何したんだ? 本当に嫌われてるな」


 健太郎に言われてリスニはちょっと困った顔をした。


「レディーの前で話す内容じゃないんで、ちょっと勘弁してください」と、

  

 ちらっとアンリエッタを見てから


「王女殿下、良ければこいつらを撫でてやってもらえますか? きっと機嫌が直ると思いますんで」


 話を向けられたアンリエッタは笑顔を浮かべ「私でよければ喜んで」と、馬の正面にゆっくり回ってから優しく声をかける。


「お馬さん、触ってもいいかしら」


 鼻の孔を大きく膨らませた馬は鼻息を鎮め、うなずいて頭を下げた。

アンリエッタは毛並みのいい艶々したたてがみをふんわり撫でて


「あら、気持ちいい、ずっと触っていたいですわ」と何度もなでつける。


 そうやって2頭の馬をそれぞれに撫でるとすっかり機嫌がなおった馬たちはツンとすまして出立まで大人しく待った。


「おいらも撫でられたい」と鼻の下を延ばしてつぶやくリスニに


「ヤギに戻って撫でてもらえばいいだろう」と健太郎が提案すると


「ええ~、人の姿の時にやってもらった方が興奮するだろ」と両腕を頭の上で伸ばしながらリスニがにやける。


「トールに聞かれたら埋められるぞ」と健太郎はハハハと笑った。


「なんだ、あんた笑うと可愛いな」


 リスニが何気なく言うのを聞いて健太郎はこの世界に来てから初めて自然に笑ったことに気が付いた。


 目まぐるしく次々と事件が起こり、気が付いたら腹が減っていて、しかしながら今では腹が満たされ満足している。ほっとした訳ではないが温かい食べ物や飲み物は人を人にしてくれるのかもしれなかった。


「さて、行きますか」と、リスニはアンリエッタをエスコートして馬車に乗せる。


 馬車の中は豪奢で王族を乗せるのに十分な造りだ。健太郎はアンリエッタの前に座りふかふかした座席を楽しんだ。


 すっかり大人しくなった馬たちに存在を無視されているように見えたリスニだが御者席に座ると優美な黒馬は素直にゆっくり走りだす。


 しばらくして門まで来ると検問をしている兵に止められた。


「どちらの臣下の方で?」 豪華な馬車にどこかの貴族だと思ったのだろう。


「失礼ですが中を拝見してもよろしいでしょうか?」と言葉は丁寧だが疑っているのは間違いない素振りだ。


 すると「私が分かりますか?」と窓を開けてアンリエッタが顔を出す。門兵は驚いて声を上げた。


「これはっ、何故あなた様が」 そういうとすぐさま他の門兵に通達し城に遣いを走らせる。


「どうか騎士団長がいらっしゃるまでこのままこちらでお待ちください」と門兵はアンリエッタに言ってからリスニににらみを利かせた。


「なかなか教育されてるねぇ、簡単に人を信じたらダメってことっすか」


 リスニは泰然と御者席に座って門兵を睨み返す。


 馬車の中では健太郎がなにか考え事をしているようだった、が、突然


「ああっ、サユリを忘れてきた!」と大声で叫んで立ち上がる。


 アンリエッタは驚いてキャッと小さく叫ぶと馬車の横に立っていた先ほどの門兵が声をかけてきた。


「何事です? 大丈夫ですか?」


「何でもありません、大丈夫ですわ」 アンリエッタが答えると健太郎ははっとして元の場所に座る。


「すまない、大きな声を出して」


「いえ大丈夫です。それよりもサユリ様のことですが……、先ほどトール様とのお話で健太郎様は錬金術のスキルをお持ちだと……」


「ああ、スキルは持っているようだ」 


「でしたら、錬金術で直せると思いますわ」


 健太郎は雷に打たれたような衝撃を受けた。


「えっ? そうなのか」


「はい、手で縫うよりもずっと綺麗になると思います」


 健太郎は頭を抱えて唸る


「なんで気が付かなかったんだ」 


 バタンっ


 それはいきなりだった。


 馬車の扉が開かれたかと思うと銀色の刃が空気を切り裂いて飛んでくる。咄嗟にアンリエッタをかばって背中に刃を受けた健太郎は傷に呻きながらも腰からトンファーを抜き出して次の攻撃に備えるが2度目はなかった。


「クソッ、油断した。あの門兵!」 


 リスニの手には誰かの腕があった。肘の辺りで切断されたそれはまるでマネキンの腕のようだった。


「腕を切り落として逃げやがった、まずいな」


 リスニは持っていた腕をポイと捨てると健太郎の背中の傷を癒してやる。


「悪い、あんたの事バレちまったかも」


 健太郎はアンリエッタが怯えているのに気を取られて自分の事にまで考えが及んでいない。


「それにしてもあの門兵は何者だったんだ、おいらから逃げ切るとは」


 リスニはチッと舌打ちして爪を噛んだ。





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