第7話 もう一人の執事

 しばらくすると門の前に溢れていた集団が動き始めた。どうやら門が開いて街に人々が入れるようになったようだ。大きな混乱もなく次々と人波が門にのまれていく。


 それらの頭上高くそびえ立つ塀の上を姿勢正しく凝視していたタングは何かを見つけると結界の外に出た。小さい点がこちらに向かって飛んできてどんどん大きくなる。

 

 タングは右手を上げ人差し指を差し出してそれを待ち受けた。


 一羽だけ戻った鳩はすっとタングの指に止まると耳元で何かを囁いている。タングが頷くと鳩はポンッと消え失せた。


「お城の方はどうやら落ち着いたようです。詳しい事は分かりませんが姫様を送って差し上げても大丈夫なくらいは安全になったとみて宜しいでしょう」


 タングはトールに向かってそういって主の返事を待った。


「そうか、では健太郎、おぬしがアンリエッタを送っていくのじゃ。トラックは怪しまれるだろうから馬車を貸してやろう。あれはここに隠しておくといい」


 トールが言い終わらないうちにタングは二頭立ての立派な馬車を用意した。漆黒の馬は筋骨隆々でたくましく大きかった。


「おれは馬車を引いたことはないぞ」と健太郎は驚きを隠せない様子で馬を見上げ困ったように頭をかいた。


「心配ない。タングは貸してやれないが代わりにこいつを貸してやる」


 そういうとトールの後ろの空間がゆがみ中から人が出てくる。健康的に日焼けした黒髪の美青年で背が高くタングと同じ執事の恰好をしていた。それを見た二頭の馬は足を踏みしめいななく。


「こいつはリスニ。ちなみに中身は黒ヤギじゃ。もう一つ言うと馬に嫌われておる」


「それ、大丈夫なのか?」と健太郎が小さく呟くと2匹のヤギには聞こえたようで耳がかすかにピクっとしていたが健太郎は気が付いていない。


「リスニです。以後お見知りおきを」 


 些末な事には全く動じず、爽やかな笑顔で二人に向かい挨拶をするリスニはタングと違って完全な人間の姿だった。

 笑うと覗く白い歯が印象的な若さがみなぎる好青年だ。が、アンリエッタを見た途端いつの間にか彼女の前にかしずいて手の甲にキスをしていた。いつ動いたのか全く分からなかった。


「美しいお嬢さん、エメラルドの瞳に輝くブロンドの髪、貴方のような美しい……」 


 バゴッ リスニはトールにハンマーで殴られて地面に半分めり込んでいる。


「おい、リスニ、焼いて食うぞ」


 地面にめり込んだリスニはちらっとトールを上目遣いに見やったあと、柔らかいスポンジから出るかのように真っすぐ垂直に飛び、音もなく着地すると何事もなかったかのように

「主、痛いじゃないですか、手加減してくださいよ~」と服についた土を払う。


「ふん、何ともないくせに。まぁいい、そのおなごはアンリエッタと言ってジゼル王国の第一王女じゃ。丁重に扱うようにな。そしてこっちが健太郎だ」


 アンリエッタは王女然とした挨拶をし、健太郎はリスニから視線は外さずに軽く頭を下げた。


「ふーん。この御仁が主のお気に入りの転生者ですか」 リスニが値踏みをするような目で健太郎を見ると、


「リスニ、二人とも、頼んだぞ」とトールが何やら釘を刺すようにいう。


「はいはい、分かってますよ。主の意のままに」


 胸に手を当て恭しく主人に頭を下げるリスニを無視したトールは健太郎に向かい


「こいつは返さなくてもいいからな、好きなように使ってくれてかまわん。腹が減ったら食ってもいいぞ」とつれなく言った。


「ええ~~、主ぃ~、それは酷いです」 リスニはわざとらしく体をくねらせて見せる。


「まぁそれは冗談じゃ、タングほどではないがリスニもなかなか使えるから役に立つじゃろう」


 それを聞いたリスニはピシッと背筋を伸ばして胸を張り嬉しそうにした。


「ところでタング、鳩は三羽飛ばしていたようだが、後の二羽はどうなったのじゃ?」


「一羽は何者かにやられたようです。もう一羽は賊の痕跡を追っていったはずです」


「あれを普通の鳩ではないと分かるやつがいたのか。面倒なのが見張っていたのかもな」 トールは考えを巡らしてから


「わしとタングは戻るのでな、後はアンリエッタを城に届けてからお前のできることをするのじゃ。言っておくが健太郎、お前はまだ力が足りない、くれぐれも注意するのじゃぞ」


 トールは黙っている健太郎をまじまじと上から下まで眺めてから改めて聞いた


「おぬし体つきはいいようじゃが、何か武器になるようなものはないのか?」


「空手は少しやっていた」 


「なんじゃ、そうか、ではこれを持っていけ」 そういうとトールはまたもや自分の背中辺りにできた空間のゆがみに手を入れて黒い棒のようなものを取りだす。


「アチョーーーー、アチャアチャアチャーー」


 トールは奇声を発しながら2本の棒を振り回し、両脇に挟み込むとポーズを決めた。

「どうじゃ、こうやって使うのじゃろ?」


「違うと思うぞ」


「なんでじゃ」 


「これはトンファーだ、ヌンチャクではないからな、だが空手にはこっちの方が合っている」

 

 健太郎は2本のトンファーを受け取るとしばらくそれを眺めてから腰のベルトに差し込んだ。


「ふむ、これはトンファーというのか、お前がいいならなんでもいいがな、わははは」


 それからトールはリスニを手招きし「守ってやれ」と囁きながら何かを渡したあと、タングがいたほうに目を向ける。


 するとそこにはいにしえの戦車を引いた大きな白いヤギがいた。トールは戦車に乗り込むとウサギのぬいぐるみを座布団にして座り、


「ではな」と言ったかと思うとヤギが地面を蹴り上げ空高く駆け上がっていく。

 

「普通に瞬間移動すればいいのに、タングさんも大変だな」


 リスニはクスクス笑いながらも優しい目でトールとタングを見送っていた。



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