第9話 マーキング

 「傷は浅いから心配ないよ、はなから殺す気はなかったんだろう。あの状況なら串刺しになっていてもおかしくないからな」


 リスニは少し申し訳なそうな顔で健太郎の背中をポンポンと叩く。


 健太郎はようやくアンリエッタをかばう体勢を解いて馬車の座席に座りなおした。


「すまないリスニ、ありがとう」リスニに礼を言ったあとでアンリエッタに向き直り「姫さんは大丈夫か?」と気遣った。 


「私は何ともありません、あの、かばって下さって、何度も、ありがとうございます」 


 アンリエッタが申し訳なさそうに両手を自分の胸の前でギュッと握りながら潤んだ瞳で健太郎をみて礼を言う。


「王女殿下~、おいらも頑張ったんですよぉ」とアンリエッタの横にさっと座り込んだリスニは彼女の両手を自分の掌で包み込み目を輝かす。


 驚いて身を引いているアンリエッタを見かねた健太郎が「おい、姫さんが怖がってるからやめとけ」と右手を出した。


 すると、健太郎の右手の甲を見たリスニがあっと声をあげる。


「なんだ、この紋章みたいなの? ちょっと見せろ」


「なんだこれ」 健太郎は驚いて自分の手をまじまじと見た。


 リスニは紋章を食い入るように調べる。


「詳しくは分からないが足跡を残されたようだな、誰だか知らないがこっちが本来の目的だったんだろう」

 

 ドドドドドッツ

 ヒヒ――ン


 突然、複数の馬が地面を蹴りいななきと舞い上がる土煙とともに馬車の横までやってきた。


「アンリエッタ様ーーーーー!」 息を切らせたコンスタンタンが馬上から開け放たれた馬車の中を覗き込む。


 そこには健太郎と手を取り合い何やら親密そうにしたリスニが、意味ありげに見つめあっている姿があった、ように見えた。


「げっ」 コンスタンタンは見てはいけないものを見たという顔をして目を背ける。


「あれ、この騎士さん絶対に誤解してる」とリスニがパッと手を放して馬車から降りた。


「タンタン、遅かったな」と健太郎が言うとコンスタンタンは馬から降りながら、


「やはり貴殿は信用できんな、幼女趣味かと思えば男色まで、節操というものがないのか」と、忌々し気に言う。


「こいつはヤギだぞ」と健太郎は何を言っているんだというような顔をした。


「はぁあ?」 とおかしな声をあげたコンスタンタンを見てアンリエッタがクスクスと笑い出す。


「雑な紹介するなよ」 健太郎をチラッと見た後、リスニは胸に手を当てコンスタンタンに向かってお辞儀をする。


「私はトール様の眷属でリスニと申します。王女殿下を健太郎殿と一緒に城まで送るように命じられました」


 丁寧な挨拶に礼を失してはいけないとコンスタンタンも姿勢を正した。


「私はジゼル王国、近衛騎士隊、隊長をしているコンスタンタン・バラディールと申す。先ほどは失礼した。礼を申し上げる。ここからは我ら近衛騎士隊が殿下をお守りするのでご安心を」


 暗に役目は終わったと言いたいコンスタンタンであったがリスニは引き下がらなかった。


「お城、まで、お送りいたします」とニコっと笑ってリスニが返す。


「それは、」と言いかけたコンスタンタンを制して、 


「私はこのまま健太郎様とリスニ様に送っていただきます。コンスタンタンは前を先導するように」


 横からアンリエッタが口を挟み、その毅然とした言いようにコンスタンタンは折れた。


「分かりました、アンリエッタ様。リスニ殿、先導しますので準備が出来しだい合図を」


 コンスタンタンはリスニに向かって言うと騎乗して門の方に向かった。


「承知しました。ただ……少々お時間を……」


 リスニは耳をピクリと動かす。それはほんの微かな何かの気配を察知していた。







 

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