第2話 健太郎100%

 女神の用意してくれたトラックは荷台の箱の部分が大きく翼のように持ち上がる、いわゆるウィング車だった。

 

「なかなか、いいトラックだ」 裸のままの健太郎は抱き枕一つだけを持ち運転席のドアに手をかけると近くから女の悲鳴が上がる。


「きゃあぁーーーーーーー、誰かぁーー」


 ドレスの裾をまくって走る女の後を黒いレーシングスーツを着た3人の男が追っている。


「待ちやがれ!」

「くそっ早ええ」

「止まれうぉらぁ~」


 ドレスの女は素っ裸の健太郎の前まで来ると視線を上下に素早く走らせ、急ブレーキをかけると一瞬だけ一か所を凝視したあと直角に曲がり「いやぁーーーー、変態ぃーーーーーーー」と叫びながら逃げていく。


 女の反応に健太郎は抱き枕で前を隠したが後を追ってくる男たちの前に立ちはだかろうと両手を広げたのでまた丸出しになった。


「なんだこの野郎」

「素っ裸だぜ」

「イカれてんのかぁ~」


 男の一人がいきなり襲い掛かり抱き枕を掴んで力任せに引っ張ると抱き枕はびりっと音を立てて破れた。


 その瞬間に健太郎の眉間に血管が浮きあがる。


 みるみる険しくなった顔は怒りで震え、少し長い前髪から覗く鋭い目は血走り

筋肉が盛り上がると体中から湯気が立つ。


 抱き枕を掴んでいる男が「ひっ」と息を飲んだ刹那、健太郎の拳が唸った。


 バゴン


 殴られた男は吹っ飛び後ろにいた2人を巻き添えにしながら廃墟の壁にめり込む。


 積み重なる男たちのところまで行くと一人一人を片手で持ち上げサイズの合いそうな男の服をはぎ取りその場で着た。


「服は借りておく、今度サユリに手を出したらこれじゃすまないぞ」


 健太郎はトラックまで戻ると運転席に乗り込み助手席に破れて綿が出た抱き枕を置きながらハンドル周りを確認した。


 運転席はまるで飛行機のコックピットのようでいろんなボタンがあった。ひときわ目立つボタンを押してみるとパネルが浮かび上がる。


『ステータス』

・役職  トラック運転手

・レベル     10

・馬力     500

・速さ      80

・体力     100

・忍耐     100


スキル

・ゴールド免許

・錬金術

・トラック

 

 トラックという項目を触ると操作方法が出てきた。一通り目を通した後にエンジンをかけてみると音が何重にも重なって聞こえてきた。


  ブルンブルン、ブルブルブルー

  ドドン、ドドン


 明らかにトラックとは違うエンジン音がどこからから唸りをあげて迫ってきている。倒れた男たちの仲間であろうレーシングスーツのバイク野郎が5~6台こちらに向かっていた。


「女はどこだ、探せ!」 男たちがバイクで散らばりながら叫んでいるのを聞いた女は隠れていたドラム缶の後ろから顔を出し、健太郎の方へ走ったかと思うと「助けて下さい!」と声をあげる。


 健太郎はとっさに助手席のドアを開け放ち「こっちだ、手を出せ!」と、女の手を取ると思い切り引っ張り車内に引き込んだ。


 健太郎は車内に倒れこんだ女に覆いかぶさりながら助手席のドアを閉める。女は金属でできた囲いの中で一応の安全確保が出来たことにほっとしたのもつかの間、健太郎の分厚い胸板に組み伏せられた状況に目が回った。


 健太郎は女の様子を気にも留めず急ぎアクセルを踏み込み走り出す。


 暴漢たちはトラックの左右を挟み込むようにバイクを走らせ、一人は助手席のドアを開けようとドアミラーを掴んで飛び移り、また一人はトラックの荷台部分に飛び移った。


 健太郎は振り落とそうとトラックを左右に振るが男たちがしがみついて剥がれないのでウィングの開閉ボタンを押してみる。


 そのとたん、大型トラックの荷台部分が大きな翼のように持ち上がり、金属の翼がバタバタと羽ばたいて暴漢たちは荷台につかまったまま空に舞い上がる。


 一人は翼が開いたはずみで落下し、一人は羽ばたいた勢いで空の彼方に飛んでいきお星さまのように煌めいて消えていった。


 地上に残されたバイクの男たちはどんどん高くなって飛んでいくトラックに悪態をついていた。


 



             ☆  ☆  ☆





 健太郎は空から下界を見下ろした。


 遥か前方には高い塀に囲まれた街のようなものが見え、右側には高い山、左側には大きな湖を隠すように森が広がり真下には平原の中を貫く幅の広い道が真っすぐに延びているのが見える。


 後ろには煙が高く立ち昇る塔のようなものが何本も林のように建っていたが舞い上がった土埃とトラックの死角で全容は見渡せなかった。


 健太郎は森の入り口方面にハンドルを回してみる。


 ハンドルは上下にも動き、上部を前に倒すと車の前方も下を向きゆっくりと下降しはじめた。森の入り口付近にトラックを着地させた健太郎はトラックから降りて周りを見渡すと、唐突に声がした。


「お前はなぜもっと驚かないのじゃ!」


 健太郎が振り返ると女神がいた。


「おま……、女神がなぜここにいる?」


 女神は白い雲のような大きなウサギのぬいぐるみの上にうつ伏せに乗ってフワフワと健太郎の腰の高さで浮いていた。


 頬杖をついて悪態をつくさまは小憎らしいが胸元にフリルのついた少女らしいドレスは彼女の愛らしさを引き立てている。


 健太郎の質問には答えずに女神は「トラックが空を飛んだのじゃぞ、もっと驚かんか、面白くないやつじゃの」


「異世界とはそういう所だろ」健太郎はしらっとしながらウサギのぬいぐるみの耳を引っ張った。


 女神は乗っているウサギのぬいぐるみを空中でくるくる回されながら「ふん、まぁ異論はない、おいっ、触るでない、目が回る」とウサギの耳を掴んでいる健太郎の手をバシバシと叩く。


 二人が騒いでいるとトラックの助手席の窓からドレスの女がちょこっと顔を出し「あの、お取込み中ですが……」と声をかけた。


 「お前、早くも女を連れ込んで! 誰じゃこの女は!」


 女神の言葉を無視して健太郎はプカプカ浮いているウサギのぬいぐるみをさっと掴み「おれの部屋にあったウサコが気に入って連れてきたのか?」と耳を持って持ち上げる。


「それは女神のじゃ、わしが貰ってやったのじゃ、返せ」


 女神は健太郎が高く掲げているぬいぐるみを取ろうとぴょんぴょん跳びながら「返せ、返せ」と叫ぶ。


 一瞬、何かの気配が健太郎の後ろに迫り、手からウサギをサッと奪い「子どもから玩具を取り上げるとは感心しませんね」と冷たい声がした。


 グレーがかった銀髪に青い目の青年騎士が左手にウサギを掴んで静かに立っている。


 右手に持った長剣の先が今にも健太郎の喉を串刺しにしようと鈍く光った。


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