おれは異世界で世紀末の王に……なる の か? ~トラック野郎は我が道を行く~
日間田葉(ひまだ よう)
第1話 トラックドライバーの不運
大きな丸いテーブルの周りをスーツ姿の男たちが難しい顔をして座っている。
暗い部屋にはモニターが浮かび上がり何かのグラフが右肩上がりに線を引いていた。
眼鏡をかけ上目づかいで両手を顔の前で組んでいる男が口を開く。
「ここ5年余りでトラックによる人身事故が急激に増えてきた、
飛び込みなど相手側の過失割合が高い方が多いが、中には突然眠気が襲ったとかドライバーに身に覚えのない事故も一定数ある。
どちらにしても違反点数が累積されて免停になり離職するドライバーも多い」
顎ひげを生やした男もそれに続く、
「労働環境のせいではなく、この意味不明な人身事故のせいで辞めていくものが増えているのは間違いない、どうなっているんだ」
堰を切ったように次々と男たちが話し出す。
「うちの若いのから聞いた話では異世界転生のせいではないかと……」
「なんだ、その、異世界転生というのは」
「なんでもトラックにはねられて死ぬと異世界に転生して勇者になれるとか……」
「何をバカなことを」
「資料には『俺は勇者になる!』と叫びながら飛び込んできたとあるな、それのことか」
「昔もいたぞ、『僕は死にましぇん』って叫びながらトラックの前に立ちふさがる男が」
「ああ、あれか、まったく、日本人はトラックを一体なんだと思ってるんだ」
「まぁまぁ、とにかくだ、物流の2024年問題が実は異世界転生のせいでした
なんて、説明したって誰も信じてくれないだろう、どうしたものか」
一同、はぁーっと一斉にため息をついた。
☆ ☆ ☆
とある運送会社の事務所は夕方の仕事終わりのほっとした空気に包まれていた。
配送から帰ってきたドライバーたちがそれぞれに日報を書きながら雑談をしていると、
「健太郎さん、お疲れっす、あー、今日も大変だったすよぉ」
大きな体を机に丸めて日報を書いている
「おれも疲れた、きょうも飛び出して来たやつがいた」
一所懸命に日報を書きながら健太郎は静かに言った。
「ええっ、またっすか、大丈夫っすか?」
「大丈夫だ、ちゃんと止まれた」
「気を付けて下さいっすよぉ」
健太郎は頷いてから立ち上がり、日報をファイルケースに入れると
リュックを背負って事務所から出ていく。
「また、明日っす!」
健太郎は後ろ手に手を振りトラックの並んだ構内を歩き社員用の駐車場に向かった。
そのせつな、既定の場所ではないところに駐車されたトラックの影から
突然バックしてきた大型トラックに健太郎は跳ね飛ばされた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ここは、ど こ だ?」
健太郎は何もない空間に立っていた。
「おまえはもう 死んでいる……」
セリフとは似つかわしくない可愛い声で誰かが言う。
「おれは、死んだのか?」
声のする方に振り向きながら呟く健太郎
そこには金髪の小柄な美少女がニコニコしながら立っていた。
「このセリフ言ってみたかったのじゃ」と口に手を当てて美少女はケラケラと笑う。
「……」
「なんじゃ、その無反応は!もっとこう驚いてみせよ!」
唇を尖らせてプンスカ怒ってみせる美少女は健太郎の前まで進み出るが相変わらずの無表情に少々呆れている。
「……」
「さて、お前は何故ここにいるか、分かるか?」
その言葉に健太郎は首を横に振って答える。
「お前のトラックに何回か飛び込んだ奴がいただろう? 本当はあの者たちがここに来るはずじゃったのがお前が助けたせいで来なかったのじゃ、だからその代わりにお前を呼んだのじゃ」
フフンと鼻を鳴らし誇らしげにない胸を張って威張る。
「……ああそうか、分かった」
「分かったのか? この説明で、分かったのか?」
「分からないという事が分かった、お前、面倒くさい」
健太郎はあたりを少し見まわしてから頭をバリバリとかく。
「なんじゃこいつは、人選ミスじゃないのか、まぁいい、 お前にはこれから異世界に行ってもらう」
「異世界?ちょっと待て。家に大事なものが置いてある、取りに帰りたい」
「ダメだぞ、お前は死んでいるんじゃぞ」
「頼む」
健太郎は真剣なまなざし、いや、今にも射殺しそうな目で美少女を見つめた。
「うーーーん、仕方ないな特別だぞ、この女神様が代わりに行って取ってきてやる。
どんなものだ?」
「抱き枕だ、綺麗な女が描かれているこのくらいの大きさの枕だ」
健太郎は真顔で腕を横に幅広く伸ばし抱き枕の大きさを表した。それは180cmはありそうな長さだった。
「ちょっと待っておれ」
・ ・ ・ ・
小一時間ほどたってから女神が戻ってきた。
「お前、綺麗な女の絵が描いてあるものなぞなかったぞ、大きさが合っているのはこれくらい……」 と、女神が抱き枕を差し出すと同時に「これだ、感謝する」 と健太郎は女神から抱き枕を奪い、そのムキムキマッチョな体で抱きしめた。
抱き枕には幼い子が描いたような拙い絵がマジックのようなもので描いてあり、二つの胸があることからかろうじて女性であることがわかる。
抱きしめられて皴が寄り一層不気味になった姿で歪んでいた。
「おれが描いたサユリだ」
抱き枕をしみじみと眺めながら健太郎は眉根を下げる。
「うわぁ、残念なイケメンだな……」
女神は憐みの目で健太郎を見ていたが、何かを思いついたように顔を輝かせた。
「そうじゃ、いいことを思いついたぞ。お前にいいスキルを授けよう、錬金術じゃ。その可哀そうな枕も少しはマシになるぞ」
「遠近術? なんだそれは。それより、おれはトラックが欲しい、足がないと困る」
「よいぞ、ではトラックも用意しよう、異世界に行けば自ずとやることが分かるであろう、幸運を祈る」
そう言うと女神は指を振った。
その瞬間、とある廃墟となったドライブインの駐車場に稲妻が走りボディビルダーのような見事な裸体の健太郎が抱き枕をかかえて現れる。
「ダダン、ダンッダダン」 女神が楽しそうに口ずさむ声がどこからか聞こえた。
「女神とは……」
健太郎はクシュンと鼻を鳴らした。
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