第4話【夜ダンジョン】

 ダンジョン、学校、そこに併設されている寮。

 僕はそこで生活している。

 食事は朝晩寮の食堂で、昼は学校の食堂で食べている。


 赤崎達2人も住んでおり、顔を合わせると、「「無能!!!」」と相変わらず蔑んできた。

 僕は毎日無視している。

 相手にしてもしょうがないから……。


ある日の夜、赤崎達が何か悪だくみをしている声が聞こえてきた。


「なあ、青崎、ダンジョンに忍び込まねえか?」


「いいね! 度胸試しか!」


 寮とダンジョンとは距離的にそんなに離れていない。

 だが、夜の時間にダンジョンに入ることは出来ない。

 勿論、昼のダンジョンに勝手に浸入することも出来ないが、夜のダンジョンは更に無理だった。


『夜ダンジョンに立ち入るな!』、これは世界中全ての人の共通認識だ。

 ダンジョン攻略者だけでなく、一般人の誰でも知っていることである。

 ダンジョンが世界中に姿を現した時に、間違えてそこに足を踏み入れてしまう者も少なくなかった。

 だが、そんな一般人でも本能で危険と感じてしまう【夜ダンジョン】。


 低ランクダンジョンの【夜ダンジョン】は、高ランクダンジョンの昼ダンジョンより危険である。

 危険であるというより、そう推察されるということでしかないから。

 何故かと言うと、【夜ダンジョン】から生還した者がいないから。

 正確に言うと、生還したと言っている者がいないからである。


 各国政府は、『夜ダンジョンに立ち入るな!』としか説明しない。

 何故駄目なのか? 本当に【夜ダンジョン】は危険なのか? 知りたい人は後を絶たないが、『夜ダンジョンに立ち入るな!』と繰り返すばかりである。


 有名配信者達の配信でのコメント欄や、スパチャで質問が相次いでおり、『夜ダンジョンに入ったことありますか? 夜ダンジョンについて何か知っていることありますか』と訊かれるも、完全無視。

 数千万や、数億登録者がいる歴戦のダンジョン攻略者達が。

【夜ダンジョン】に関して、入ることなど完全にタブー、話すこともタブーとなっている。


 世界中全てのダンジョンの夜時間は、誰か必ず入口を見張っていて、浸入を許さない。

 許可の有無ではない。

 立ち入ってはいけない。

 一切の例外を許さず。


 それなのに赤崎達は、そこに入ろうとしている。

 自殺行為、そんな言葉さえ生易しく感じられる程のことを……。

 だが、ここダンジョン攻略高等学校のダンジョンも夜時間は誰か職員が入口を見張っているはず。


 寮からダンジョンは見渡すことが出来るから、入ることは出来ないけど、僕はよく夜になるとダンジョンを眺めていた。

 恐怖は勿論あるけど、全てを拒絶するそれを僕は美しいと思ってしまっていた。


 入口には必ず職員がいた。

 必ずとは言ったものの、僕も夜中よるじゅうダンジョンの入口を眺めているわけではないので、もしかしたら少しの時間席を外している可能性もあったが、そんな怖いこと出来ないだろう。


 もし誰かが浸入してしまったら、自身の首が飛ぶだけではなく、学校の責任問題が追及される。

 さらには、国際問題にまで発展する可能性もある。

『夜ダンジョンに立ち入るな!』、その禁忌を破ったことで。


 僕は赤崎達が職員に怒られて終わりだろうと思ったけど、一応止めておいた。


「止めときなよ……怒られるだけだって」


「うるせえよ、なんだ、無能か……黙って見てろ」


「そうだぜ、こっからがお楽しみの時間だぜ!」


 僕は、こいつら頭大丈夫かって思った。

 でも直ぐにこいつらの言っていた意味が分かる。


「ほら、トイレに行くぜ、ケッサクだろ!!!」


「ああ、毎日チャンスを伺っていた甲斐があったぜ!!!」


信じられない……。

人間だからトイレにも行きたくなるだろう。

でも、その短時間席を外すだけでも、交代の誰かが来るものと思っていた。


 短時間なら大丈夫。

 皆、【夜ダンジョン】は禁忌だから立ち入ることはないだろうという油断。

 僕はそんな分析を現実逃避のようにしてしまっていた。


「青山、行くぜ、パーティータイムだ!!!」


「ああ、最高だ!!!」


「待ってくれ!!! 2人共!!! 頼むから行かないでくれ……」


 僕の声は震えていたと思う。

 涙も出ていたと思う。

 全てが終わってしまう。


「何だ? 無能、ビビってんのか?」


「無能は寮に帰って寝てろ!!!」


「そりゃ、ビビるさ!!! もしバレたら2人共一生刑務所かもなんだぞ!!!

それに学校は間違いなく責任追及されて潰れる!!! そしたら僕の夢は……」


「あ、そ、お坊ちゃんの夢なんぞ知ったことかよ」


「そう、そう、勝手に潰れてろよ! ははは!!!」


「お願いします!!! 行かないで下さい!!!」


 僕は土下座で頼み込んだ。

 涙もボロボロ零れていた。


「あ~あ、こいつ、壊れちったな……ダンジョン内でもないのに」


「ははは!!! 赤崎、それ最高!!!」


 2人は【夜ダンジョン】の入口まで行ってしまった。

 職員はまだ戻ってこない。


「お~、きたぜ、きたぜ、これが夜ダンジョンか!!! スゲー雰囲気だな!」


「おい、赤崎、ビビってんじゃないだろうな?」


「抜かせ! ここまできて引き返せるかよ!!!」


「じゃあ、入るぜ」


「おう!」


 2人は【夜ダンジョン】の中に消えていった……。

 ここにきて僕の心の中にある思いが湧き上がってくる。

 どうせ全て終わりなら僕も【夜ダンジョン】の中に!!!


 僕だって攻略者の端くれだ! 【夜ダンジョン】に興味がないと言えば嘘になる。

【夜ダンジョン】は世界の禁忌。

 そう自分に言い聞かせてきた。


 毎日夜になるとダンジョンを眺めていたのも、【夜ダンジョン】に興味があったから。

 ここにダンジョンの謎の全てがあるのではと、毎夜妄想していた。

 僕は【夜ダンジョン】の入口まで歩を進める。


 怒り、不安、緊張、恐怖、色んな感情が渦巻いている。

 でも、ワクワクしている自分もいた。

 2人の後を追って僕も【夜ダンジョン】の中に入っていく。

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