クラスメイトである孤高の美少女に嘘の告白をしてしまいました

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 学校の屋上。


 他に人はいない。


 そこにいるのは、俺と彼女だけだった。


「大丈夫、俺がついてるから」


 俺は、目の前で落ち込む彼女にそう話しかける。


 すると、彼女は少し元気になったようだ。


「ありがとう」


 その言葉に、いつから胸が痛むようになったんだろう。







「はい、罰ゲーム決定! じゃあ、お前あいつに告ってこいよ」

「ええ~っ」

「ほらさっさと行けって。約束しただろ」

「面倒くさいなぁ」


 学校の教室の中で、男友達とゲームをやった。


 結果は散々。


 俺はそのゲームで負けてしまった。


 だから、あらかじめ決めていた罰ゲームをこなす事になった。


 面倒だな、と思ったけど、友人達がやかましく急き立てるものだから、今さらやらないなんて言えるはずがない。


 彼等の傍を離れて、とある人物の元へ。


 俺の視線の先、そこにいるのは一人の女生徒だ。


 窓際の席に座って、つまらなさそうな顔をしながら外を眺めている。


 美少女が集まるような、そういったコンテストに出場すればいい所までいくだろう。かなり、整った美貌の生徒だ。


 金持ちの両親がいるらしく、ブランドものの持ち物や服で着飾っている。


 クラスメイトの一人、彼女に対しての認識はそんな感じだった。


 あとはーー。


 性格は悪くて、いつも高飛車。


 友人はいないし、誰かに頼られている所を見た事がない。


 といった所か。


 だから、罰ゲームで嘘の告白をする事になっても、大して良心は痛まなかった。


「ずっと前から好きだった。つきあってください」


 たかが一瞬の出来事、たった一言だ。


 さっさとフラれて、男友達からからかわれて終わらせよう。


 そう思ったのに。


 思わぬ反応が返って来たから。


 予想外だった。








 屋上へ連れてきた彼女は、もじもじしながら口を開いた。


「わっ、わたくしでいいんですの?」


 クラスで結構大声で騒いでいたはずなのに、この女性は聞いていなかったのだろうか。


 聞いていたらこんな反応にはならないはず。


 まずったな。


 そう思った。


 相手は、顔を真っ赤にしてそんな言葉を述べてきた。


「よろしくお願いしますわ」

「――こっ、こちらこそ」


 頭の良くない俺にはそう言う事しかできなかった。








 実は嘘でした。


 なんて言えない。


 もう一か月も、ずるずると付き合ってしまっている。


 クラスの連中からばらされるかと思ったけど、なぜかそうはならなかったせいで。


 みんな、当然俺がふられたものだと思っていたんだろう。


 わざわざ聞くまでもないと判断して「どんまい」とか「次は顔の良い男か家柄の良い男に生まれ変わるんだな」とかそんな慰めの言葉だけをかけてきた。


 告白相手の彼女は、誰かと話す事がまったくないので、そちらから話が漏れる事もなくーー。


 嘘の告白で築かれた奇妙な恋人関係は、ずっと続いていた。





 

 

「いつも助かりますわ。あなたに愚痴を聞いてもらえるだけで、心が軽くなりますの」


 学校で恋人らしい事をするのは恥ずかしい、という理由で二人きりの時間は昼放課の間だけ。


 それも、この奇妙な関係が破綻しない原因の一つなのだろう。


 俺達は、たびたび屋上に集まって、一緒にご飯を食べたり、他愛のない話をしていた。


「そっか、それなら良かったけど」


 じくじくと痛む良心は、日に日に大きくなるばかり。


 そんな心を存在しない事にできたのは、最初の数日間だけだった。


 なかなか懐かない野良猫のような女性が心を開いているのを見ると、とても平静ではいられなかった。


 この関係をなんとかしなければ、と思うもの。


 どうにもできずに、ただ時間だけがすぎていく。


「あの、そろそろ二人キリでデートとか、行きません? その、彼氏ができたら一緒に、流行りのカフェや小物屋にいってみたかったんですの」 

「い、いいね。いつにする」


 町で一緒に歩いたら、どうなるだろう。


 クラスメイトとばったり出会ったら、きっと面倒な事になるだろうな。


 そう思ったけど、嬉しそうな顔を見ると、やめたいとは言い出せなかった。


「高層ビルの展望台が無料で入場できるらしいですので、そちらもどうかなと」

「いいんじゃないかな」


 頭の中で必死に色々ぐるぐる考えているせいか、どうもありきたりな反応しか返せない。


 でもそんなものでも、彼女は嬉しそうだった。


 人と話ができるだけでも。







 そうして、彼女が待ちに待っていた休日が訪れた。


 僕達は駅で待ち合わせをして、あらかじめ決めていた場所へと歩いていく。


 カフェに小物屋に、彼女が行きたいと思っていた場所には一通り明日を運んだ。


 彼女はそのたびに嬉しそうにする。


 学校でツンツンして高飛車してる時とは偉い違いだ。


 彼女はどうしてこんなに、落差がある人物なのだろう。


 いつもこんな風にしていれば、学校で孤立する事もなかっただろうに。


 そんな事を考えている内に、展望台へ到着。


 学生にも優しい入場料無料の場所だ。


 夕日にそまる街並みを見下ろして、二人で静かにたたずむ。


 会話のない時間だけど、不思議と心地よかった。


「そろそろ行きましょうか」

「そ、そうだね」


 彼女に促されて展望台を立ち去る。


 あとは帰るだけだ。


「でも、名残惜しいですわね。もっと一日の時間が長ければいいのに。そうすればあなたとも、もっと長くいっしょにいられますでしょう?」


 けれど、夕日以上に赤く染まった頬を見せて、そんな事を言われた。


 いじらしいその言動を見たその瞬間、なぜだか彼女を抱きしめたくなった。


 もしかして、今俺は恋をしているんだろうか?


 それなら、嘘の関係を続けているという罪悪感を、忘れる事ができるのではないだろうか。


 この関係が本物になれば。


 脳内で忙しくあれこれ考えていたら、彼女が沈んだ声で話を続ける。


「すでに分かっていらっしゃると思いますけど。私、友達がめっきりいませんの。何をするのも両親の許可をとらなくてはいけないから。ふさわしくない友人とは付き合う事ができないんですのよ。それに、自分が着たい服も、持ちたいものも、自由に選べませんの」

「え?」

「やるべき事も、将来の道も、そこにいたるための過程も、すべて決められてしまっていますわ。ですから、普通の女の子らしい事をした事がありませんでしたの」


 いきなり彼女の口から出てきたヘビーな内容。


 俺は言葉を失うばかりで、何も言ってやれなかった。


「ですから、短い間でしたけど楽しかったですわ。でも、これ以上は両親からの介入が入ってしまいます」


 さりげなく彼女が視線を向ける。

 俺もそちらの方へ眼を向けると、なぜだか目線が会う人物が数人いた。


 もしかして見張られていた?

 いつから?


 背筋が冷たくなる。


「ですから、この関係は今日で終わりですわね。さようなら。最後に楽しい思い出を作れて幸せでした」

「まっ」


 顔を背けて去っていく彼女。


 俺は、そんな

 彼女に中途半端に手を伸ばしたまま、固まる事しかできなかった。


 





 嘘の関係が終わった。


 だというのに、心にはぽっかり穴があいてしまったみたいだ。


 昼放課になって学校の屋上に行ってから、もうそうする必要はないのだと気づく。


 誰もいない場所が、だだっ広く感じられた。


 一人で食べる昼食の味は何だかいまいちで、気分もなかなか上がってこない。


 ぼうっとしながら屋上をうろうろと歩いていたら、隅っこの金網に何かがくくりつけられているのが見えた。


 脳裏によみがえるものがある。


 それは確か、文化祭前日の日の出来事だ。


 デートの数日前の事。


 俺も彼女も、先生に手伝いとして指名されたから、遅くまで学校に残っていたんだ。


 やっと準備を終えた頃には、もうすっかり陽が沈んでいた。


 せっかくだから、学校で星を見てみるのも悪くないかなとおもって、屋上へ向かったら、そこに彼女がいたのだ。


『奇遇ですわね』


 昼放課以外に、屋上で彼女と会う。


 いつもと違うシチュエーションだからか、少しドキドキしてしまった。


 そこで俺達は、しばらく文化祭についての事だとか、流れ星が流れたらいいのにとか、あの教師人使いが荒いだとか、色々とだべって解散したのだ。


『本当は一緒に文化祭を見て回りたかったのですけど、そうはいきませんわよね。私たち、お互い恥ずかしがりやですもの』


 去り際に、寂しそうに笑う彼女の顔がしばらく忘れられなかった。


 回想から戻った俺は、金網に括り付けられた細いリボンを手に取る。


 そこには文字が書かれていた。


『一緒に見て回れますように』


 これで、流れ星に願い事をしたつもりなんだろうか。


 彼女は自分の似顔絵も、添えていた。







 教室でぼうっと過ごす。


 窓越しにいつも伺っていたクラスメイトの男子生徒は、今はこの部屋の中にはいなかった。


 一か月程度の付き合いは、昨日終わった。


 展望台でのひと時を最後に。


 もう彼は私に近づいてこないだろう。


 これで良かったのだ。


 彼が嘘の告白をしてきた時は、ふってやろうと思っていたけれど。


 どうせ自由のない人生なら、と魔が差した。


 でも、思った以上に彼と過ごす時間はここちよくて、このままこの関係がずっと続けばいいのにと思ってしまった。


 けれど、日に日に増えていく見張りに気付いてしまった。


 両親の手からは逃れられないのだと、あらためてそう思い知ったから。


 わかれる事にしたのだ。


 鬱々とした気持ちを抱えて、ぼんやりとし続ける。


 けれど、そこに彼がやって来た。


 いつの間に、教室に戻って来たのだろう。


 彼は真剣な顔をして、私の手を引いて歩いた。


「えっ、いきなりなんですの!?」


 何が何だか連れていかれたのは、学校の屋上。


 もうくる事もないと思っていた場所。


 別れたのだから、彼もきっと行く事がないと思っていた。


 彼は大きく深呼吸して、私に向かってしゃべる。


「来年、文化祭を見て回ろう。俺達まだ二年生だし」

「文化祭? まさか、あれに気付いたんですの」

「そして、またデートしよう」

「デートって、でも」

「カフェとか小物屋とかよって、また展望台に行こう」

「どうして、そんな」


 息継ぎも暇も怪しく、彼は言葉を続けた。


 私は、彼がなぜそんな事を言いだすのか分からずに動揺してしまう。


 私の家の状況は、彼も思い知ったはずなのに。


「好きだ!」

「ふぇっ!」

「本当に好きだから、諦めたくない」


 首をかしげていれば、なぜか告白をされる。


 いきなりの展開に目を回しそうになった。


 どうして、だとかなんで、としか私は言えなくなってしまう。


「嘘の付き合いをしてた、罰ゲームだったんだ。ごめん」


 そして彼は私に、謝ってくる。


 全ての始まりの日に起こった出来事を。


 そんな事は、もう私は知っているのに。


「だから、償いたい。いつかふられてもいいから、少しだけ付き合うのでもいいから。幸せにしたい」


 彼の真剣な言葉に、顔が熱くなってくる。


「少しでも笑ってほしい、俺の隣にいる時は、楽しくしていてほしい。そう思っていた事にやっと気づいたんだ。だから、手遅れかもしれないけど、俺の手をとってくれませんかっ!」


 けれど、顔が赤いのはお互い様。


 真っ赤な顔をした彼が手を差し出してきた。


 私は、それを見て迷ってしまう。


 少し前に手をだして、そしてひっこめる。


 彼の言う言葉は魅力的だ。


 そうある未来はとても充実しているだろう。


 けれど。


 どうしても家の事が頭にちらついてしまうのだ。


 やはりだめだ。


 そう思って手を引っ込めようとしたら、彼が強引にその手を取った。


 その手の温かさを知ったとたん、振りほどこうとは思えなくなった。


「これからよろしくな」

「私、面倒な女ですわよ」

「それでも」

「こっ、後悔してもしりませんからねっ」






 それからは一緒に屋上で昼ご飯を食べた。


 いつもの日常が戻って来た。


 そう思えるくらいには、


 私にとってもうこの光景は日常となっていたのだろう。


 未来の事はどうなるか分からないけれど、もう少しだけこのあたたかない場所にひたっていたいと思った。



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