第24話 最強の二人
「……それで、話ってのは何なんだ」
望に撃ち抜かれた患部を氷嚢で冷やしながら組長、
「じゃあ最初に確認のつもりで聞くけど、アンタ達が衆議院議員の百地深太男と繋がっているのは本当?」
男は何も答えず沈黙する。否定しないという事は、言いたくないのか言えないのかのどちらかという事だろう。だが後ろに侍らせている望の前では無駄な抵抗に過ぎない。
「紗希。どうやら本当の様ですよ」
「儂はまだ答えていない」
「言っとくけど望を甘く見ない方がいいわよ。顔見たら嘘か本当か直ぐに分かるらしいから」
吉政は半信半疑の様子で二人を見ていた。今に分かる、とばかりに紗希は次の質問へと進んでいく。
「次の質問。私が考えるに、アンタらは百地深太男に良い様に扱われている様にしか見えないけど、実際はどうなの?」
「……そんなワケないだろう。お前の様なガキには解らん事だ」
一瞬眉を
「紗希。この男は――」
「分かってる。……組長さん、対等な関係だとしたらアンタらとは全く無関係な深太男の娘にこき使われたりしないの。分かる?」
面子とやらを重んじるらしい暴力団が、たかが衆議院議員の娘の我儘に付き合う筈が無い。極道なんて格好良く言っているものの、所詮は端金で買われて汚い仕事を押し付けられているだけのならず者の集まりに過ぎない。
「……だから何だというのだ。小娘如きが儂らを虚仮にしようとでもいうのか?」
「ヤクザってのは喧嘩腰でしか話せないの? ……まぁいいわ、話が進まないから単刀直入に言うわ」
紗希は望に指示を出すと、メイド長から渡されたケースを机に置き、ゆっくりと蓋を開けた。
「これは……!?」
「アンタら、百地深太男と手を切って私に付きなさい」
ケースの中には札束がギッチリと詰まっていた。魅遊に勝つ為に紗希は懐柔策を選んだのであった。
「……金をやるからお前らに下れと?」
「金だけじゃないわ。他にも――」
追って説明をしようとした時、男は遮る様に大笑いを上げる。気でも狂ったのかと紗希と望は不思議そうに互いに目を合わせた。
「ふざけるのも大概にしとけよクソガキ共!! そんな事他の極道の連中に知られてみろ!! 生き恥もいいところだろうが!!」
「……そんなの、望一人に壊滅させられてる時点でヤクザのプライドとやらもバッキバキにへし折れちゃったんじゃないの?」
「やかましい!! まだだ!! 儂にはアイツがまだ居る!!」
交渉中の最中、それに似つかしくない激しい足音が徐々に大きくなって聞こえてくる。入口付近で待機していた組員を押しのけ、一人の男が何の断りも無しに入室してきた。
「おやっさん!」
「おお来たか!」
突如として現れたのは、望と同じ位の背丈をした一見何処にでも居そうなチンピラだった。男の姿を見るなりずっと不安な表情を浮かべていた組長の顔が忽ち晴れ渡っていき、立ち上がって乱入者の肩を嬉しそうに叩いた。
「……誰ソイツ?」
「ハハハ! お前ら終わりだ! コイツは衣川組の最終兵器、
どうやら最終兵器と称されているこの男が衣川組の命綱らしい。二十人の命を奪ったと称しているが、素人目で見てもこの男が大した事無さそうに見えるのは、望をずっと見てきたからなのだろう。紗希は思わず鼻で嗤ってしまった。
「……最終兵器だって、望」
「それは恐ろしいですね」
「おーおーオメェら好き勝手暴れてくれやがったなァ? 今から一瞬にしてハラワタぶちまけて血祭りに上げてや――」
五郎が望の胸倉を掴んで睨みつける。暫く目を合わせた後、男は突如として血の気の引いた顔を浮かべたかと思いきや、勢いよく尻餅を着いて後退りした。
「な、何でお前が此処に居るんだよ!!?」
「……何を仰っているのですか?」
「うわああああ来るなああああああ!!」
望が歩み寄ろうとした途端、なまじ喧嘩馴れしている本能がそうさせたのか五郎は悲鳴と共に部屋から出て行き、全力疾走で逃亡していった。紗希達は勿論の事、組長も開いた口が塞がらなかった。
「……最終兵器、どっか行っちゃったんだけど」
「……衣川組もこれで終わり、か」
組長は力無く座り込む。何とも呆気ない決着だったので思わず気が抜けそうになったが、此処が正念場なので紗希は引き締めるべく両頬を叩いた。
「……話を戻すわ。言っとくけどこれは前払いのお金。本命は
そう言って紗希は望に持たせていた鞄の中から一枚の書類を差し出した。
「……乙は本日六月一日を以て、……風間グループ傘下、株式会社SAKIの社長に任命する!?」
この契約書は義之が直々に作成したもので、会社も義之が用意したものである。これが紗希が魅遊を倒す為に頼み込んだ武器である。
「そ。と言ってもアンタは椅子に座って逐一私に報告するだけの楽~な業務をするだけ。それだけで会社の利益は全部アンタらの独り占め。悪い話じゃないでしょ?」
「そんなムシのいい話が信じられるか!!」
本当に察しが悪いな、と紗希は呆れた様子で大きく溜息を吐いた。そして狼狽えている馬鹿を黙らせるべく彼女は鞄からいくつかの紙切れとカードを机に放り投げた。それらを手に取った瞬間、吉政は息を呑んだ。
「簿記一級に中小企業診断士に……経営士に公認会計士……!? 嘘だろ……!? こんな子供が……!?」
「経営は全部私がやるわ。……それとも、この私じゃ役者不足かしら?」
男は今更ながら目の前に居る二人の脅威に恐れている様だ。父の影響もあって中学の時に興味本位で取ってからずっと腐らせていた資格がこんな形で役立つとは思いもしなかった。その効力は凄まじいもので、今まで渋っていた署名を始めたのだった。
今まで極道の面子がどうとか言っていた頭が尻尾を振って服従しているものだから、地獄の沙汰も金次第とはこの事をいうのだろうか。
「さて、と。じゃあこの事務所はもう要らないわよね」
本丸は陥落した。こうなったら骨の髄までしゃぶり尽くすのみ。何か魅遊に対する急所は無いものかと物色し始める紗希と望。ふとエグゼクティブデスクの下を覗き込んでみると、一際大きくて頑丈な金庫が隠れていたのを見つけた。
「組長さん、この金庫の中身何?」
「そ、それは百地深太男がこれだけは死守するようにと言われてたものだ」
一気にきな臭くなってきた。紗希は望に鍵を開けるように指示を出す。男は目を閉じ耳を当て、ダイヤルを回していく。するとものの数十秒も経たない内にロックを解除してしまった。
「本当に何者なんだコイツら……」
畏怖の眼差しを向ける吉政を尻目に彼女達は金庫の中身を漁り始める。其処には機密内容を示した書類とCD-Rだった。紗希は書類に目を通した瞬間、思わず口角を釣り上げた。
「……望、アンタの好きな食べ物って何?」
「いきなり何の話ですか?」
「いいから答えなさい」
「……強いて言うなら寿司、ですかね」
――お寿司か。悪くない。大仕事を終えた後の御馳走にはうってつけね。今夜は此処らで一番評判のいい店を貸し切りにしてネタを食べ尽くしてやろうじゃない。
紗希は上機嫌とも取れる不敵な笑みを浮かべて、望の肩に手を置いた。
「――とびっきりのお寿司、お腹一杯になるまで食べさせてあげる」
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