第23話 前哨戦

「望~、これはどう? オトナのオンナって感じする?」


 翌日。土曜日で学校が休みなので紗希は義之に頼んでおいたが届くまでの時間を望と共にアパレルショップで服を見て回っていた。とても危険な勝負を仕掛ける前の行為とは到底思えない事だろうが、彼女達にとっては余裕の表れという事である。

 ミントグリーンを基調としたワンピースを着てから試着室のカーテンを開けると男はいつもの微笑を浮かべて待ち構えていた。


「いいのではないでしょうか」


 彼は嫌味とかではなく率直に忌憚のない意見を述べているのだろうが、如何せん反応が薄い。その事に不満を抱いた紗希は直ぐに本命のパステルピンクのトップスとグレーのチェックスカートに着替えて勢い良く扉を開けて見せつけてみた。


「これはどう? ちょっと子供っぽい?」

「いいと思いますよ」

「……さっきからテキトー言ってるでしょ!」

「紗希が何でも着こなしてしまうものですから仕方ありませんよ」


 何の恥ずかしげもなくクサい台詞を口走る望。嫌な気分はしないが、肝心のコーディネートに対する意見としては全く参考にならない。思わず大きな溜息が出てしまった。


「もういいわ。ほんっとアンタってこういうのだけは役に立たないんだから」


 臍を曲げた紗希は大量にキープしていた服を望に渡して戻しておくように指示を出し、今日着ていた服へと着替える。一目見て気に入っていた上下のセットもすっかり買う気が失せてしまった。

 スマホのスリープを解除すると画面は十二時五十分を示している。そろそろ約束の時間になるので二人は集合場所に向かう事にした。


「ごめんメイド長、お待たせ」


 駅前のロータリーに見覚えのある白いポルシェが停車していた。その近くで落ち着かない様子で待っていたのは幸一であった。彼は二人の姿を見つけるなり、渋い表情を見せていた。


「……サキ。これは本当にやらなきゃダメな事なの?」

「当たり前でしょ。此処まで来て引き返すワケにはいかないじゃない」


 身を案じる幸一を一蹴する紗希。不退転の覚悟を見せられ、もう返す言葉が無くなり、メイド長は目を伏せながら助手席に置いていたジュラルミンケースを二人に差し出した。


「ヤバいと思ったら直ぐに逃げなさい。アナタに何かあったら……旦那様も、ソーニャも、そしてアタシ達も悲しむわ」

「大丈夫だって。心配性なんだから、メイド長は」


 親の心子知らず。ずっと母親代わりとして世話を焼いていた幸一の憂いに紗希が気付く事はまだ先の事なのだろう。

 そんな二人のやり取りなんて知った事ではないとばかりに望がケースを受け取ろうとすると、幸一は空いていた剛腕で彼の股間を鷲掴みにし、至近距離で睨みつける。


「ノゾム! もしサキの身に何かあったら!! テメェのキンタマ握り潰してやるからな!!」

「……委細承知」


 普段は女として振舞っている筈の幸一が見せる男の姿。それに応えるべく、望はいつもの飄々とした態度から一変し、真剣な眼差しと共に深く頷いた。暫く目と目を合わせた後、メイド長は大きく深呼吸をしてから拘束を解いた。


「……行ってらっしゃい、馬鹿娘達」


 そう言って幸一は名残惜しそうに車に乗り込み、そのまま走り去ってしまった。父とメイド長に心配を掛けた以上、この失敗は許されない事なのだと認識を改める必要がある。


「……責任重大ですね」

「当然でしょ。それとも、ともあろう人間が今更怖気付いたとでも?」

「ふふ、も中々言う様になりましたね」


 二人は軽口を叩き合う。一緒なら怖いものなんて無いからだ。誠也から貰った情報を確認し、紗希達は敵本拠地へと赴くのだった。



「此処みたいね」


 目的地へと辿り着いた紗希達の前には打放しコンクリートのテナントビルがそびえ立っていた。誠也曰く敵対勢力を根絶やしにした程の危険な組らしいが、所詮は時代錯誤も甚だしい悪党らしい棲み処と言った所だろう。


「……望、どうかした?」


 いざ殴り込みに行こうとした時、隣に居る望がその建物を見上げては物思いに耽っていた。いつも機敏で、いつも先手を打ってくる筈の男が余所事に気を取られている姿は初めて見るかもしれない。


「……いえ何も。さぁ早く行きますよ」


 もしかしたら体調が悪いのではないのかと危惧していたが、望は直ぐにいつもの柔和な笑みを見せて先陣を切っていった。心配して損した、と紗希は少し苛立ちながらも男の後を追っていく。


「失礼します」

「何だテメェ!?」

「衣川組組長と御面会給わりたく申し上げます」

「あぁ!?ふざけてんのかテメッ――!?」


 如何にも柄の悪い男と出くわしたので会釈と共に取次ぎを頼みかけるも、ヤクザ相手に会話が成立する筈も無く、胸倉を掴まれメンチを切られていた。交渉決裂と分かるや否や望は素早い突きを男の顎に掠らせて一瞬の内に意識を失わせた。


「何だ何だ!?」

「カチコミだ!」

「殺っちまえ!」

「――客人に対するマナーがなってないわね。義務教育受けてないのかしら?」

「全くです。下がこんなのでは上の組長とやらも程度が知れてるって事ですね」


 二人は分かりやすく挑発する。ならず者達は分かりやすく挑発に乗った。暴力団の組員である以上、腕っ節には自信があるのだろうが望の敵ではなかった。


「……さて、どうやらあの部屋ですね」


 あっという間に全員を叩きのめして制圧し終えた二人は奥にある扉の方へと向かう。その先は簡素な役員室となっていて、窓側のエグゼクティブデスクに中老くらいの男が冷や汗を垂らしながら怪訝そうに身構えていた。


「な、何者だお前ら……!?」

「アンタが組長さん? 手荒な真似して悪かったわね。……じゃあ早速だけど話し合いましょうか」

「ふざけるな!!」


 どうやら目の前に居る男が衣川組の組長で間違いないらしい。男は懐から拳銃を取り出して身構えようとした瞬間、紗希の横から何かが凄まじい勢いで射出され、銃を持っている手に命中した。


「話し合いに不要なものを出さないで下さい。次は眼を狙いますよ」


 どうやら望が五百円硬貨を銃弾代わりに弾き飛ばして当てたらしい。効果は覿面てきめんだったらしく、拳銃は床に叩き落とされ、被弾した箇所は真っ赤に腫れ上がっていて痛そうだった。


「……組長さん。私はアンタと喧嘩しに来たんじゃなくて話をしに来たの。其処ん所分かってくれる?」

「……くそっ」


 二度も同じ事を言わせるな、と言わんばかりに紗希はうんざりした様子で諭す。暫く考え込んでいたが、組長は渋い顔を浮かべ、重い足取りで応接ソファの下座に座ったのだった。

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