第17話 広がる戦火

 降り掛かる火の粉を払った翌朝。いつもの様に望に見送られて紗希は学校へと向かう。今日も今日とて何気無い日常を過ごし、普通の高校生活を送る筈だった。


「おはよう」


 教室に入り、いつもの様に紗希はクラスメイト達に挨拶を交わそうと声を出す。その瞬間、彼女は直ぐに違和感を感じた。


「……?」


 紗希の顔を見るなり少しばつが悪そうな目線を送った後、何も言わずに目を逸らした。クラスメイトほぼ全員が、である。

 異常を察知した紗希は周囲を見渡す。昨日の連中の一部が遠くから此方を見てせせら笑っている姿を確認出来た。きっと赤っ恥を掻いた際の報復のつもりで何かしら根回ししているのだろう。


「……懲りない奴等」


 たかがこの程度でしてやったりと思っているのなら笑い返してやる。昨日の望の大立ち回りを脳に焼き付けている上でやる事がこんな薄っぺらい事なのだから滑稽でしかないからだ。


(――アイツらの一人が、って言ってたけど、一体誰の事だろう?)


 ちゃちな仕返ししか出来ない雑兵には端から眼中に無い。紗希が見据えているのは大元のみである。この風間義之が一人娘、風間紗希に喧嘩を売るという事が如何に愚かで浅ましい事なのかを徹底的に思い知らせなければならない。


「御機嫌よう……というワケでもなさそうですわね、風間さん。不愉快ですから朝っぱらからそんな険しい顔をしないで下さる?」


 ある意味諸悪の根源とも言える絵里花がいつもの様に声を掛けてきた。妙な奴等に狙われているとも知らずかいつもの傲慢ちきな態度で嫌味をぶつけてきた。


「……京極院さん、聞きたい事があるんだけど」

「随分と唐突ですわね……何ですの?」

「京極院さんを恨んでそうな人、心当たり有る?」

「そんなの多過ぎてさっぱり分からない。……と言ったところですわね」


 予想通りの返答どうも有難う、と言った感じだった。てんで役に立たないと判断した紗希は呆れた表情と共に溜息を吐いた。


「ありがとう。うるさいからもう黙ってていいわよ」

「ちょっと! さっきからワタクシに対するそのナメた態度は一体何なんですの!?」


 後ろの席で喚き散らしている絵里花を無視し、紗希は再び考え込み始めるのであった。



「鈴木さん。これ、風間さんに渡しといて」


 紗希は学校内で孤立無援と化していた。当人から話を聞こうにも避けられる一方であったし、配布物もわざわざ目の前で近くに居た優李を経由して渡してくる嫌がらせをしてくる始末だった。


「風間さん……その……これ……」


 罪悪感により優李は申し訳なさそうに言葉を詰まらせながらプリントを差し出してきた。無論、彼女には何の罪も無い。寧ろこんな下らない報復劇に巻き込んでしまった事に申し訳なく思う程だ。


「……有難う鈴木さん!」


 だからこそ猶更許せない。無関係な人間、ましてや心優しい彼女にまで被害を広げている様な愚物を。こんな仕打ちは無駄だ、と言う皮肉を込めて紗希は満面の笑みと共にプリントを受け取って机に入れると、情報収集の為に教室を出た。


 ――さて、どう炙り出そうか。


 とは言え犯人探しには難航を極めた。手下を使って自分は脇から見ているだけといいう事もあってそう簡単に尻尾を出してくれる筈が無いからだ。

 ちんけな小悪党相手ならば望を使えば簡単に口を割らせる事は可能だろうが、それは紗希の目指している普通の学校生活からは遠く離れた蛮行である上に父を失望させてしまうかもしれないので当然却下である。


 ――全く。普通に生活するのでさえ苦労しなくてはならないとは。


 こんがらがっている頭の中を一度リセットしようと紗希は中庭の自動販売機でミルクティーを購入して教室に戻ろうとすると、その帰り道で絵里花の取り巻きの二人とばったり遭遇してしまう。軽く会釈して横切ろうとしたら立ち塞がれてしまった。


「少しばかりお時間頂けますか」


 昨日と言い今日と言い、どうしてこうも人の行く手を遮ろうとする輩に出くわしてしまうのだろうか。一つ確かに言える事は、この二人には敵意が全く感じられない事である。無碍にする訳にもいかず紗希は少し面倒そうな態度を見せながらも渋々鳥嶋と牧瀬に付き従う事にした。


「……で。こんな所に連れ出して一体何の用?」

「単刀直入に言います。今後一切エリカ様に接触しないで下さい」


 どいつもこいつも馬鹿の一つ覚えみたいに言う事は同じだったので紗希は辟易する他無かった。二人が神妙な面持ちで戯言をほざくものだから思わず大きな溜息を吐いた。


「つまりアンタらも私の敵ってコトになるの?」

「それは違います。寧ろ私達は風間様の味方です」


 何を言っているんだ、とばかりに紗希が怪訝そうな表情を浮かべているにも関わらず更に話を続けていく。


「……風間様は百地ももち魅遊みゆを御存知ですか?」

「誰ソイツ?」

「衆議院議員の百地ももち深太男みたおの子女です」


 途端にきな臭くなってきた。その衆議院議員の娘が一体どうしたというのか、と聞くべきなのだろうが、大体察する事が出来た。


「百地魅遊は貴方が想像するよりも遥かに危険な女です。エリカ様も一方的に因縁を付けられてほとほと困っています」

「表向きは普通の目立たない生徒ではありますが、バックには反社との繋がりがあるとか……」

「……つまりアンタらはソイツは危ない存在だから手を出すなってコトを言いたいの?」

「御明察の通りです。……お恥ずかしい話、我々の手に余る事は確実です」


 政治関係の人間なんて大体アンタッチャブルなモノが殆どなのだろう。勿体ぶってた割には予想がついた話であったので奇妙な肩透かしを食らった気分だった。

 話を聞くだけでも厄介そうな事は間違い無かったので紗希が眉をひそめていると、二人は申し訳なさそうに目線を落とした。


「……申し訳ありません。まさか風間様にまで飛び火するとは思いもしませんでした」

「……はいはい分かりました。どーせ私は部外者ですからこれ以上詮索する様なマネは一切しませんよ。さよーなら」


 なんてね、と紗希は心の中であっかんべーをしながら捨て台詞を吐いて二人の元を去った。


 彼女にしてみれば、喧嘩を売られた身だとしてもお前は一切関係無いからこれ以上首を突っ込むなと言われた様なものである。誰であろうとナメて掛かる相手は徹底的に潰す。それ以外考えられないので絵里香達の主張なんて知った事ではない。


「――百地魅遊ね。さぁて、どんな顔してるのか見せて貰おうじゃない」


 そう意気込むと紗希はミルクティーを片手に修羅場へと突入していくのであった。

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