第15話 ようこそ文芸部へ

「風間。お前部活何に入るか決めたのか?」

「ぶ、部活ですか?」

「そうだ。全員参加なのに入部届出してないの、お前と京極院だけだぞ」


 休み時間。廊下ですれ違う担当教諭に部活動の事で呼び止められ、紗希は素っ頓狂な声で返した。

 この学校は部活動が強制参加である事と、今週金曜日までに提出しなければならない事を思い出した紗希は内心焦っていた。一先ず適当な事を言って誤魔化し、逃げる様に教室へと戻ると助け舟を求めるべく優李の元へと向かった。


「鈴木さん!! 私って何処に入部すればいいと思う!?」

「か、風間さんがやってみたいと思う部活に入部すればいいんじゃないかな?」


 不得要領な質問を開口一番にぶつけられた優李は戸惑いつつも至極真っ当に返答してくれた。しかしそのやってみたいと思うものが無いから尋ねているのであって、納得出来る答えではない。


「やってみたいと思うもの、かぁ」

「風間さん、何かスポーツとかやってたり――」

「運動部だけは絶対嫌!」

「そ、即答だね……」


 折角の彼女の提案を強引に遮った。大体のスポーツは教えられた事を直ぐにモノに出来るので苦手というわけではない。ただスポーツそのものが嫌いなだけである。


「スポーツやってる奴らなんて運動出来ない人間を見下して馬鹿にするクセに出来る人間を妬んでばかりいるし体育会系のノリを押し付けて免罪符にする様な陰険な奴らしか居ないから絶対嫌!!」

「……風間さん、過去に何かあったの?」


 過去に何かあったのかと聞かれたら有り過ぎて何を言えばいいのか分からなくなる。兎にも角にも運動をやっている連中と慣れ合うつもりは更々無いのである。


「文化部で何かいい所無いかなぁ? 出来れば極力参加しなくても大丈夫な所があったらいいんだけど」

「一応、有るっちゃ有るけど……」

「何処!? 教えて鈴木さん!!」

「私が所属してる文芸部って部活なんだけど――」

「好都合だよ鈴木さん!! 見学だけでもさせて!!」


 そんな虫の良い話が有る筈が、と思った矢先の事であった。何という僥倖。紗希は迷う事無く食らいついた。目を輝かせている紗希に対して優李は少しばかり目を逸らして何処か不安そうな表情を浮かべていた。


「取り敢えず見学だけ、ね」


 放課後。約束通り優李は紗希を連れて文芸部が活動している空き教室へと案内した。参加者はちょっと変わった男子の先輩一人と優李だけという本当に活動しているのかどうかも怪しい部活である。


「高河先輩。見学したいって人連れてきました」

「おや、今年は豊作だね。まさか鈴木君以外に一年生がも来るなんて」


 教室の奥の机で頬杖を突きながら文庫本を読み耽っていた男が此方に目を向け、ゆっくり微笑んだ。一見すると地味で目立たないと捉える事が出来るが、視点を変えてみると、物静かで理知的で、まるで望の様な印象を受ける。


 ――ちょっと待て。今二人って言わなかったか? 高河先輩なる人物は確かに二人と言った。ならばもう一人は一体誰になるのだと言うのだ。何か嫌な予感がする。そして嫌な予感は見事に的中する。


「何でアンタが此処に来てるのよ!?」

「何でアナタが此処に来てらっしゃるの!?」


 教室には絵里花達が既に此処に居た。そう言えば部活を決めていないのは彼女もであった事を思い出した。折角の好条件の部活動なのにこの女と一緒に参加するとなれば台無しである。一刻も早く追い出さなくては。


「大体アンタみたいな傲慢ちきな女が文芸部ってガラでもないでしょうが!! 適当に陸上部でも行って馬鹿みたいに走ったり跳んだりしてなさいよ!!」

「アナタこそ品性の欠片も無い人種のクセに文芸部に参加なんて烏滸がましいにも程がありますわ!! 柔道部でも行って投げ飛ばされてなさいな!!」


 またしても紗希と絵里花の言い争いが勃発してしまった。部室内を騒々しくさせているにも拘らず高河先輩は叱る事も無くただ静観していた。


「君達仲良いんだね」

「仲良くないです!!」

「仲良くないですわ!!」


 彼の呑気な一言に思わず反論する。その際に絵里花と被ってしまい、思わず睨み合う。そんな一触即発な二人を見兼ねて高河先輩は備え付けの給湯ポッドでお茶を淹れて差し出した。


「まずはお茶でも飲んで落ち着いてから君達の事を教えてくれるかな?」


 先輩は優しく諭しながら仲裁する。二つ歳が上なだけの同じ高校生の筈なのにまるで成熟した大人の様な貫録が溢れ出ており、未熟な子供の様に事を荒立てていた自分がとても恥ずかしいと感じた。


「……すみませんでした」

「いいよいいよ。僕も鈴木君しか来なくて退屈していた所だったからさ」


 そう言って男は淹れたお茶を啜りながら席へと戻った。本当に落ち着いていて、冷静沈着。そんな印象だった。


「……最初に自己紹介しておこうかな。僕は高河たかがわ誠也せいや。三年三組。一応文芸部の部長。宜しく」

「……一年二組――」

「風間紗希さん。それに京極院絵里花さん。――だったかな?」


 思いがけない衝撃の余り、紗希と絵里花は面食らった。初対面の筈なのに名前を先に言われてしまったからだ。


「どうしてワタクシ達の名前を!?」

「鈴木君から聞いてるよ。いつも喧嘩ばかりしている愉快なクラスメイトの二人、なんだってね?」


 紗希は絵里花の方へ見やる。お前の所為で赤っ恥を掻いた、と目で訴えかけてみると、向こうも同じ事を言いたそうに睨み返していた。だが今此処で事を荒立ててしまえば恥の上塗りになってしまいそうなので、誠也の方へと目線を戻した。


「さて、風間さんに京極院さん。ワザワザ見学に来てくれた君達にこんな事を言うのは申し訳無いんだけどね。文芸部っていう部活動は残念ながら特に活動する事が無いんだ」


 優李から予め聞いてはいたが、本当に参加しなくてもいい部活だとは思いもしなかった。改めて紗希は関心する事となる。

 


「そもそも僕はこうやって適当に本を読んで適当にお茶を飲んで適当に時間を潰す為だけに文芸部を設立したんだよ」

「そんな動機でよく作れましたね……」

「こう見えて僕、学年で一位二位を争う程の模範生だからね。多少の我儘なら通してくれる特権はあるってワケ」


 何がどう見えてなのかは不明であるが、誠也は一目置かれている存在らしい。そんな先輩と仲良くしておけばこの先何かと便利ではないのか、と紗希は打算した。


「……それでも私、入部します。いいですよね?」

「ワタクシも入部しますわ。読書は好きですもの」

「そう、じゃあ改めて宜しく。気が乗った時に来る位でいいし他の部活掛け持ちしてもいいからね」


 そう言い終えると誠也は我関せずとばかりに机に伏せていた本を手に取り読書を再開し始める。一息ついた優李も鞄からノートパソコンを出してキーボードを叩き始める。本当に各々が自由気ままに時間を潰す為の空間を提供するだけの様だ。


「……そういやアンタ、あの二人は居ないけど大丈夫なの?」

「あの子達はあの子達でやりたい部活に参加させているから問題有りませんわ。……何か不服でも有りまして?」

「べぇっつにぃ? 言っとくけど話し掛けないでよね」

「それはアナタ次第ですわね」


 あの二人の所にでも行ったら、と言いたかったがそうはいかない様だ。少々不本意ではあったがお互いに干渉しなければいいだけの事なので紗希は渋々受け入れる事にした。

 正式に入部する事となった二人は鞄から入部届の紙を取り出し、名前とクラスを書いていくのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る