【短編小説】彼という名の星

百方美人

第1話

春も終わり、夏の暖かい風が頬をなぞる。

心地良いような、少し汗ばむようなそんな風。

カーテンの隙間から強い日差しが入る。

目覚めると、スマホには


「おはよう」


という通知。


彼のたった1言で、私の"今日"が色鮮やかになる。



年下の彼とは1度も会ったことが無かった。


初めての出会いはゲームを通してで、会いたくても画面越しにしか会えない。そんな距離。


母は「ゲームの人だなんて…」と文句ばかり言うけれど、出会いの少ない今の世の中、現実リアルで出会おうが、仮想世界ネットで出会おうが大差無いと思う。


最初は弟のように可愛がっていた。

それ以上の感情は無かった。


けれど、私の弱さを受け止めてくれる所や、何気ない話を延々とできる所。優しくて一所懸命で、何色にも染まってない素直さ。

声や性格しか分からないけれど、彼と言葉を重ねていくにつれ『一緒にいたい』と思うようになった。


あともう少し、もう少しだけ同じ時間を共有していたい、いっそ会って触れたい、だなんて我儘で欲張りな自分が出てしまいそうなくらいに。



遠く離れた彼から、毎日連絡が来る。


「おはよう」や「おやすみ」


「今日もがんばろうね」


「おつかれさま」


ありふれた言葉だけれど、私にとってはきらきらした星のように思える。

綺麗で、心の奥があたたかくなるような、そんな素敵な言葉。


暇な時間があれば、彼から電話がかかってくる事がある。


「電話って相手の時間を奪う行為だよね」と、SNSでチクチクした呟きを見た事があるけれど、愛おしい彼の声を聴ける、こんな幸せな時間は何にも代えがたいと思った。

「今日も声が聴けるのかな」なんて、しっぽをぶんぶん振って飼い主の帰りを待つ忠犬の様に、彼の連絡を待つ自分の健気さに恥ずかしくなる時もあるけれど。



今日もセミの鳴き声と共に夜が更けていく。

夜遅くまで起きる私にとっては何か良からぬ事や、不安が過ぎる憂鬱な時間。


そんな時は、よく夜空を眺める。


晴れた日の夜空は、たくさんの星が目に映る。


似ているように見えるけれど、輝きや大きさはどれも違う。藍色の空にキラキラと光る、唯一無二の存在。


風光明媚な風景が、私の心にすっと入り込んでゆく。


そんな時、ふとスマホの通知が目に入る。


「すきだよ、おやすみ」


短くて、たった1文だけれど、私の口角はみるみる上がっていく。

いざストレートに言われると少し照れくさくて、

夏の暑さのせいか心の奥がじんわりとあたたかくなっていった。


「わたしも。おやすみなさい」


私の愛おしい星は、今日もきらきらと輝いている。


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【短編小説】彼という名の星 百方美人 @Y_korarun

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