第12話 瞼の裏の炎

引き金を引く。

炸裂音。

男は見えない拳に殴られたようにぶっ飛んだ。

反射的に振り向くもう一つの人影。銃を使うをわけにはいかない。引き金から指を離し、銃床で顎を殴り抜ける。

勢いそのまま不自然な角度でよろめき、その隙を狙って反対側の顎を蹴り飛ばせばそのまま電源が切れたように膝から崩れ落ちる。

辺りは、静かになった。

一応目を覚ました時の保険のために、手足を縛り口にはタオルを詰め込んでおく。

目覚めた時のことを考えると少し気の毒だが、どうせコイツもクズなのだ。命を取られなかっただけ儲けだろう。

さて。

後ろで転がっている男に目を移す。下唇より上が吹っ飛んでしまい、もはや人相がわからない。後頭部に散弾を至近距離で食らったとはいえ、まさか頭蓋骨丸ごと破壊するとは思わなかった。だがまぁ、これで良かったのかもしれない。コイツの写真越しでない顔なんて見たくはなかった。もし見たら、冷静さを欠いて致命的なミスをしでかすかも知れない。。

あらかじめ用意しておいた逃走経路を頭に浮かべ、無心でその道を辿る。

…何て事はなかった。撃ったら、死んだ。それだけのことだった。

手帳を開く。中に挟んである三枚の写真。その中の一つを取り出して、ライターで焼く。幾度となく思い返しては殺すことを夢想した顔が、炎に消えてゆく。心が軽くなるかとも思ったが、何も感じない。ただ、三が、二になったというだけの感想。

いや、どうだろう。事が終わった直後というものは無意識の緊張のせいで、起こった出来事に対して正常な感想を持てないのかもしれない。ゆっくりと息を吸い、そして吐く。

目を瞑ってもう一度。

ダメだ。何も変わらない。ずっと、瞼の裏のそれが消えない。


小さな小窓、その中で揺らぐ炎。

あの瞬間、俺の中に引火したそれは、今までずっと消えてくれない。


不意に痛みを指に感じる。写真の炎がついに持ち手にまで回って来たらしかった。

何となく、そのまま握り続けてみた。写真を削り続ける炎は、呆気なく指に負けて消えた。力を抜けば、そのままひらりと破片が落ちてゆく。

情けない炎だ。そう思った。


炎のような感情と共に、記憶が流れ込んできた。

目の前にはこちらに手を伸ばす人影、その影からこちらに何か言おうとしている桃色のボロ切れをきた男。

そうだ俺は今地獄にいるんだいや今それどころじゃないだろそれよりも何ださっきの記憶はいや待てそれよりもこの手から逃れないと

溢れ出す思考の席取りゲームの末、なぜだか肉体に出力されたのは、持ち物の確認だった。

手に持ったそれの包みを破るようにして取り外す。

銃だった。拳銃とは異なる、自分の腕程度の砲身を持っている。

記憶の中のそれと、全く同じ黒い銃身が、赤い空に反射して鈍く輝いている。

それをみた瞬間、体が勝手に動いた。

こちらを掴もうとしたその手首を反対に掴み、全体重をかけて起き上がる。当然向こうはバランスを崩し、リカバリーの為に一歩踏み出す。

そんな事はわかっている。半自動的にその足を払いのければ獄卒は絶望的なまでにバランスを崩し、ついには顔から地面に落ちる。丁度それと時を同じくして空いた手で銃身を握り直し落下地点目掛けてゴルフクラブのようにフルスイングする。

抜ける手応え。掠っただけだった。だけど、それが良かったのだろう。

獄卒は糸の切れた人形のように動かない。


静まり返った周りの様子に気がついたあたりで、体のコントロールが自分の意識に返却された。


とんでもないことをしでかしてしまった

凛子には、おとなしく待っていろと言われたのに、勝手にトラブルを起こし挙げ句の果てには獄卒をのしてしまった。これ以上悪くなりようもない気がするが、とにかく、早く凛子に会わなくては。


再び薄桃の男を、しかもどうやったのか片手が銃で塞がった状態で背負い上げて走り出す。これもさっき流れ込んだ知識の一部なのだろうか。

男を連れた理由は二つ。

ほっとけないというのが一つ、この銃を持っていた理由を知りたいというのが一つという感じだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る