第9話 気分は面接官

「あの、なんでしょうか…」


邪魔にならない様移動した道の端で薄ピンクの男は不安げな様子でこちらの様子を伺う。


「そんな身構えないでくれ。別に俺はお前をどうにかしてやろうってわけじゃないんだ。ただちょっと聞きたいことがあるだけなんだ。」


「はぁ。わかりました。」


全く納得はしていない、しかし立場上イエスしか言えない…そんな「はぁ」だった。


凛子には聞けない事でも、彼にだったら聞けるだろう…そんな目論見で話しかけたものの何から話せばいいか迷う。しかし下手に嘘をついてもそれを取り繕うための嘘が必要になるだろう。

…決めた。正直に話そう。嘘をついたところで、さらにそれを取り繕う嘘が必要になるだけだ。自分が獄卒ではないという一点のみ隠し通せればあとはそのまま話したほうが帰って話がしやすいかもしれない。


「いやその、獄卒って何したらいいのかな?」


「はぁ?」


今度は、何言ってんだこいつって感じの「はぁ」だった。

だが別にいい。信じてくれようが、くれまいが、僕のことを獄卒だと勘違いしている都合上どのみち彼が俺の質問に正直に答えてくれるというのは変わらないのだ。


「あの、それは一体どういう…」


「どうも何も気がついたら荒野のど真ん中に突っ立ってたし、ここにきたのだってたまたま他の獄卒の馬車に拾ってもらえたからだし。そんで、この街に来てからも何したらいいか全く分かんないのよ。周り見たら他の獄卒っぽい人たちがなんか奴隷みたいな奴らをぶっ殺しまくってるし、もう何が何だか。やっぱり俺もみんなに混ざって何かやったほうがいいのかな。」


男は、形のいい瞼を大きく開き、2、3回目を往復させた。多分考えるときの癖なのだろう。考えている内容はおそらく目の前の真偽の怪しい男の話からどうやって切り抜けるかというものだ。

ややあって、答えた。


「ええ、はい。まさにその通り。謙譲の意をもって、恐縮ながら申し上げますと、あなた様のおっしゃる通り獄卒と申しまする者、我ら亡者の穢れや愚かさを一掃なさり、その崇高な御姿にて、神聖なる使命を果たし給います。その御尊厳ある御姿は…」


やっぱりこうなったか。、なんとなくそんな気はしていた。


「待て待て。俺が聞きたいのはそんな形式ばった事じゃなくて、俺はどうすればいいかって事なんだ。別にどうにかしたりしないから、もっとわかりやすく話してくれよ。」


「あの、結論から言いますと、好きにすればいいです。獄卒様には、特に為すべき義務はありません。一応法律というか、守るべき規則の様なものはあるらしいのですが、『やってはいけない』はあっても『やらなきゃいけない』はないのです。」


一番困る返答だった。昔誰かが言っていた、「何でもいいが一番困る」という言葉を思い出す。


「え、でも待てよ。義務でもないのに何でここの連中みんなこぞってお前らを痛めつけてるんだよ。あ、でも違うか。なんかどれも屋台みたいだし、多分食ったり家具にしたりするんだな。」


「や、違います。別に殺すだけで食べません。恐らくですが、別にあなた様が周りの亡者を見ても特に食欲を感じないのでは?実際、ここの獄卒様の多くは亡者を食品に加工された後に適当には大体乗ってる犬か何かに食わせます。食べる方は見たことありません。それにその犬だって消化するわけではなくてその辺にミンチになった遺体を吐き出すだけです。」


「食うためでもないのに、わざわざ殺すのは、そうすると気分が良くなるから…なのか?」


「その様な方が多いですね。他には義務感でやっている方も多いですが。」


聞いてるだけで気分が悪くなってきた。やはり見た目が似ているだけで獄卒というのは人間とは根本から別の存在らしい。…凛子もそうなのだろうか。そうかもしれない。初対面の時、いたく嗜虐的な雰囲気を感じたのも気のせいではなさそうだ。


「…もしかして、気分がすぐれないのでは?」


まずい、動揺が顔に出たかもしれない。今、自分は獄卒ということになっているのだからこの程度の事で気分が悪くなってしまっていては説得力に欠けてしまう。

「いえ、仕方のない事です。何せ、記憶がないのですから。この街を見ているだけでも相当なご負担でしょう。」


引っかかった。


「待てよ。何で記憶がないと気分が悪くなるんだ。」


男の顔色が変わった。何か失言をしたと思ったらしい。


「あ、いや、そうじゃないんだ。俺の知る限り、獄卒っていうのはみんな種族単位で拷問大好きなイメージがあるんだよ。だけどアンタ今、『記憶がないと』って言ったよな。て事はつまり、獄卒はみんな専門の学校的な物があって、そこでなんか刷り込みみたいな教育を受けてこういうのに慣れるとか、そういう風なのか?」


すると男は目を丸くして言った。


「何というか、合点がいきました…本当に、記憶が無いんですね…どおりで何となく私への話し方が優しいと思いました。」


「待て待てなんだよ一人で納得するな。何で記憶があるとお前達にキツく当たる様になるんだよ。」


またしても沈黙が生まれる。今度は目玉は動かない。白目の下の方に黒目が沈み、時々小さく動く。なんというか、考えているというよりかは踏み出すか否か決心がつかないようだった。

「よし。」

黒目が真っ直ぐとこっちを見据える。


「その理由は、獄卒の方の生まれ方にあります。申し上げるべき事は二つ。」


「まず一つ、あの方々は元は地上で生きる人間でございました。」


「そして二つ。死者が獄卒になる条件は地上で誰かの罪によって命を落としたという事にございます。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る