第5話 なぜか分かる人の家の間取り
「りんこ。」
溢れ出した記憶と、目の前に現れた脅威へのパニックがぐちゃぐちゃに混ざり合って飛び出した言葉だった。
だけどその言葉は、確かに「りんこ」の動きを止めた。
わからない事だらけだった。なぜこの家の作りに覚えがあるのか。どうしてこの小さなお守りがこいつの動きを止めたのか。そして何よりもなぜ「りんこ」という名前と思ったのか。
だけど目下のところは、それら全部を置いてこの窮地を脱しなければならない。今の所フリーズしてくれているからいいが、再起動すればミンチは避けられないだろう。
何か、良い言い訳はないものか…。
「それ、触らないでください…。早く、置いてください。」
震える声で、こちらを指差す。震えの裏側にあるのは動揺か怒りか。
タイムアップが来てしまった。もうこうなってしまってはどうしようもない。ただ出来るのは可能な限り刺激しないでわずかな慈悲にかけることだ。
そっと指示の通り手に持ったお守りを机に置いて、そのままの勢いで両手を頭の後ろで組む。せめてもの降伏宣言だ。
「どうして…どうして、それを開けられたんですか?」
どうして。それは俺が聞きたい。あったことをそのまま言えば、なんとなく導かれるように階段を上がって、なんとなくこの部屋が分かって、そして何となく鍵のありかが分かったのだから。
だけど、他に言いようもないのでそのまま話すと案の定、
「…説明になってません。」
と返ってきた。
ゆっくりとこちらは歩み寄ってくる。地獄で意味があるかは定かでないけれど、心の中で念仏を唱えてみる。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
効果があったか定かでないが、自分の横をすり抜けてボロボロのお守りをじっと見つめている。
1分ほど経っただろうか。魂の抜けたような様子のままお守りをそっとしまって鍵を閉めた。そうしてその鍵もしまうのかと思いきや、クマのぬいぐるみの口を開いたあたりでピタと動きを止めた。
もしかしたら、隠し場所を変えようと思っているのかもしれない。
だとしたら部屋を出るべきだとも思うが、勝手に行動して睨まれるのもまずい。本当に出て欲しいのなら何か言うだろうからそれまではじっとしておこう。
「…どこが良いと思います?」
唐突に何か呟いた。
しばらくの沈黙の後、再び同じ言葉を繰り返す。
「どこが良いと思います?」
独り言では無かったらしい。この部屋には自分とコイツしかいないのだから自分に話しかけていること自体は間違いない。だが、意味がわからない。一体どう言う意図で自分に話しかけているのか、まるで見当もつかない。
「…本当に隠したいなら、クローゼットの中なんてどうだ。あれ確か、カーディガンが一番手前にかかってたろ。それの中ポケットの中ならすぐに取り出せるし、何よりそんなとこに鍵が隠してあるなんて思わないだろうし。」
「りんこ」は目を見開いた。
多分自分は、それ以上に驚いていた。
クローゼットなんて開けたこともない。当然、カーディガンがあることなんて知らない。だけれど、口が勝手に動いた。確かめなくても、クローゼットの中には青いカーディガンがあるという確信があった。
「りんこ」は黙ってクローゼットを開ける。
当然のように、青いカーディガンがかかっていた。
そっと、そのポケットに鍵を滑り込ませると、こちらを向き直って
「…少し、あなたの正体に興味が湧いてきました。本当は気乗りしなかったんですけれどもしかしたら少しは面白い旅になるかもしれませんね。」
「…そうだといいな。」
正直なところ、自分も分からないことだらけだ。この旅の果てに、この謎は全て解けるのだろうか。記憶がないわけも、唐突に湧き上がった記憶の理由も、自分が地獄に堕ちた訳も。
しかし不思議と、不安は少ない。むしろ、これからの旅路に期待している自分すらいる。もしかしたら自分は、生前は冒険家かなにかだったのかもしれない。
そんな事を、少し思った。
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