第4話 地獄のBPOは機能してない
時計を持っていたわけでもないから性格な時間は分からないけれど、恐らくは一時間半くらい歩いていたのではないかと思う。
その間に、俺は十六体の死体を見た。地獄では空き缶とか吸い殻のようなノリで死体が転がっているらしい。
しかも、その死に様がどれもこれも尋常でない。例えば遠目に大きなウニに見えるものがあったかと思えばそれが実はメタメタに槍を刺された人間だったり、フラフラとこっちへ歩いてきたと思えば次の瞬間爆発四散したりとか。…大人しく着いてきて正解だったと思う。
驚いたのは、その死に様で誰が殺したか分かるという事だ。
「アレは桃ちゃんの仕事ですね。ほら見てください。お腹がぺちゃんこでしょう。あの子潔癖だから殺す時に腑を全部抜いちゃうんですよね〜。」
「あ、アレは鉄犬に襲われたみたいですね。齧られた跡が焦げているでしょ。あの子達いつも燃えてるからああなっちゃうんですよ。」
「うへぇ見てくださいコレ。ヒトバエに寄生されてますよ。体の膨らみ方と色からして、あと一時間もすれば中から煙みたいな量の小蝿が出てきますけど…見たいですか?」
俺が嫌がるのをわかっているからか、心底楽しそうに地獄ツアーは敢行され、やっとコイツが「家」と呼ぶそこに着いた。
やっと自分が地獄にいるという現実感が生まれてきていたのに、また頭のおかしくなりそうな「それ」が一面の赤い大地にポツンとあった。
家なのだ。どこからどう見ても。タイルの壁に、少し意匠の凝ったドア。そして、なんとも間の抜けた、「佐藤」という苗字。そうか、お前佐藤っていうのか…。
どういうギャグなのか屋根には太陽光発電パネルらしきものがついている。
血と死と灼熱が吹き荒れるこの世界には全く似つかわしくない。全く逆の例え例えだけれど、ファンシーショップのど真ん中に金属アクセじゃらじゃらつけた髑髏が置いてあるような、わずかに不快感すら感じる猛烈な異物感を醸し出していた。
「なぁ、コレが、アンタ…いや、佐藤さんの家なわけ?」
「そうですけど何か?あと気安く名前呼ばないでください。」
全く気にする様子もないようだった。さっき他の獄卒のえげつない仕事を見たせいかそれとのギャップが大きく感じているのだろう。いやしかしそれにしたってもっと何かあるだろう。コレではまるで、地上の住居が突然地獄に転移してきたようではないか。それに名前。もっと強そうなものにすればいいのに「佐藤」はないだろう佐藤は。
「じゃ、入ってきてください。」
「え、良いのかよ。お前、俺みたいなのが家に入るのすごく嫌がりそうなのに。」
「そりゃあ嫌ですけれど。かと言って外に放置して骸骨鳥とかに攫われる方がもっと面倒ですから。言っときますけど勝手に部屋のものに触ったらバラバラにして外に放り出しますからね。」
おそらく冗談ではない警告を噛み締め、「佐藤」の後に続くようにして中に入る。
まぁやはりというか、中は既視感のある感じの一般的な内装だった。いや、記憶がないのに「既視感」というのもおかしな話だけれど。
例えば壁紙もありがちな白いやつだし、玄関もオーソドックスなフローリングだ。あれ、靴が…1、2、3人分もある。サイズが違うから佐藤のものということはないだろう。まさか他にも家族がいるのだろうか。うっかり鉢合わせないよう願うしかない。
案内されて少し進んだそこは、ザ、リビングという感じの部屋だった。テーブルがあって、カーテンがあって、カーペットも敷いてあって、テレビがある。テレビ?まさか番組が流れるのだろうか。
「私はコレからちょっと荷造りしてきますから、テレビくらいなら自由に見てても良いですよ。暇を持て余してウロウロされたら嫌ですし。」
そう言ってプチっと電源をつけると、「佐藤」はさっさとどこかへ行ってしまった。
少し間があって、凄まじい不協和音が流れ始める。テレビに目を戻せば、目玉が顔面の半分を占めている紫色の怪物がこちらに手を振っている映像が流れ始めた。
かと思えば、いきなり頭から首筋まで真っ二つに裂けて、中からムカデのような生き物がワサワサと這い出してくる。
カメラは虫の群れの動きを追いかける。そうするうちに虫たちは何かを形造り始め、そして「凶運!テレビショッピング!」の文字になった。
いや、地獄にテレビショッピングとかあるのかよ。
シーンが切り替わり、キャスターらしき人物が映し出される。見た目は完全に人間だ。オープニングはインパクトがありすぎたが、中身は案外普通の番組なのかもしれない。
「皆さん、おはようございます!本日は特別なアイテムをご紹介しますよ!そうです、今回はパワフルで便利なミキサー、ジェノサイド•皆殺丸の登場です!準備はいいですか?始めましょう!」
「皆さん、こんな事、ありませんか?例えば、亡者の拷問の時。あんまりにも数が多すぎて捌ききれなかったり、道具がだんだん傷んできてしまったり。だけどもう、このミキサーさえあればそんなお悩みおさらばです!」
そう言ってテレビの向こうのキャスターは、何やら人一人くらいなら簡単に入りそうデカいミキサーを持ってきた。
「この素晴らしいミキサーは、あなたの拷問生活を劇的に変えるんです!まずはそのパワフルさからご紹介しましょう!アシスタントの亡者さーん!」
そう呼ばれて現れたのはこれまた普通の人間だった。ただ、口が縫われていることを除いて。
「まずこのミキサーの使い方から!こちら付属のアタッチメントでハシゴがありますから、それを取り付けます。」
2メートルはありそうなハシゴを軽々持ち上げ、ミキサーの頭の部分に取り付ける。
「ここでワンポイント!この商品の凄いところはここ!見えますか?刃がとても低い角度で取り付けてありますよね。ですからそれだけ長く亡者は刻まれ続けるわけです!その間はこちら上部の穴から叫び声が周りに響き、順番を待つ次の亡者たちにも効率よく精神的苦痛を与えることができるわけですね!
もちろん、もっと角度の大きい刃もご用意してありますから、数が多かったり時間が押している時は、そちらで効率よく処理してしまいましょう。」
そして一息ついて、
「それでは!早速実演です!」
そういうとキャスターはアシスタントの頭を鷲掴みにして梯子を登り始める。
亡者は抵抗するそぶりもなくあっけなく上部の穴から中に叩き込まれ、モーター音が鳴り、ミキサーの下の方に鮮血が迸り、
そこでテレビを切った。
これ以上こんな番組を見るくらいなら天井のシミでも数えていた方がマシだ。
というか、よくあんなもの放送できるな。地獄にBPOは無いのだろうか。いや、むしろ逆かもしれない。ああいう番組しか放送を許されないのかもしれない。
やることも無くなってしまったのでぼんやり周りを見回す。やっぱり、普通の家だ。記憶はないが確かにわかる、ごく普通の住居。というか不思議なのはどうやってこんな内装を揃えたのかということだ。どう考えてもこの原始的、暴力的極まる世界で製造なんかしていないはずだから手に入るはずないのに。ますます地獄というのは謎に満ちている。
その瞬間、何か自分の中に引っ掛かるものがあった。視線を一瞬彷徨わせ、その原因を探す。見つけた。小さな写真立てだった。その中には、四人の家族が写っている。
何か、猛烈な既視感。「どこかで見たことがある」とかいうレベルじゃなくて、「いつも見ていた」というような。
導かれるように階段を上がる。傾斜は急で、少しバランスが危うくなる。そうだ、いつも手すりが欲しいと話していたんだ。
思い返す、あの写真立ての中身。
背の高い、おそらくは父であろう男。小さな子供、性別はわからない。背丈が同じくらいの女が二人。おそらくは娘と母だろう。なぜ詳細がわからないのかと言えば、全員顔の部分が黒く塗りつぶされているからだ。
そんな詳細不明の不気味な写真が、何か自分の中の箱をこじ開けようとしている。
階段を登り切ると、小さな廊下に三つのドアがある。
迷わなかった。1番奥の部屋だ。
扉を開ける。
ベッドに本棚、ぬいぐるみ、壁にはクローゼット、レースのカーテンからは赤い光が差し込んでいる。
足は自然とドアから向かって正面の勉強机に向かう。
この鍵のかかった引き出しの中に用事があるのだ。
他の引き出しの何処か、そうだ確か1番下の引き出しだ。中にはぬいぐるみが詰まっているはず。そして確か1番お気に入りの大きなクマの口の中に…やっぱりあった。小さな銀色のカギ。
それを鍵穴に差し込む。
予想通り中はがらんとしていて、その中になった一つ、小さなお守りが入っている。
物音が後ろから聞こえた。
振り返ると「佐藤」がこちらを見ていた。怒りを通り越して、顔面から表情が消え失せている。
「さわるな」
そう口が動いた気がした。
ためらわず、そのお守りをにぎ、
溢れ出したのは、根拠のない万能感と、責任感。
あの頃の自分は、きっと空だって飛べたし、世界も救えた。だからたった一人くらい守るなんて造作もない。それが至極当然だと考えていた。
目の前に迫る脅威を前にして、まずやるべきは回避なり命乞いなりだと思う。だけど、なぜか自分の口から出た言葉はたった一言、
「りんこ」
たった三文字、それだけで「りんこ」は凍った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます