第3話 旅は道連れ世は情け
まいった。どうも信じられないが、本当に記憶が消えてしまっているらしい。もしかしたら地獄に落ちるとみんな記憶がなくなるのかもしれないとは思ったが、こいつの反応を見る限りその線は薄そうだ。
「ねぇ本当の本当に思い出せないんですか?」
「全く。俺の中の1番古い記憶は、あのバケモンに叩き潰されるちょっと前、目が覚めた瞬間だな。」
「でもあなた、普通に会話できてるし物の名前も分かってるじゃないですか。本当に記憶が消えていたらそういうのも分からないはずですよね?」
「そんなこと言われてもわからない。ただ、過去の記憶だけがすっぽりなくなってるんだ。」
埒が開かないとばかりにため息をついて、そいつは顎に手を当て少し何か考えて、そして
「…衝撃を与えたら戻るかもしれませんね。ちょっとさっきの獄鬼を呼び戻して頭叩いてもらいましょうか。」
「馬鹿馬鹿やめろ!そんな事したって意味ないぞ!」
「試してもみないうちから諦めるんですか?」
「絶対文脈違うだろそれ!」
「や、でも何かきっかけくらい出てくるかもしれないじゃないですか。」
「絶対何も出てこない何も出てこない!出てくるのは血と脳みそくらいだぞ!」
そうして恐慌状態になる俺をじっと見つめて、そしてケタケタと笑った。
「冗談ですよ。ただ、あなたの怯えて喚く様が見たかっただけです。なかなか無様でいい怯えっぷりでしたよ。」
言葉の端々から薄々感じ取ってはいたが、これで確信に変わった。
「なぁ、何でお前はそんなに俺に辛辣なんだよ。初対面なんだからさ、もう少し優しくしてくれてもいいんじゃねえの?」
「何言ってるんですかあなた。地獄に落ちてるんですよ?てことはつまり、それに相応しいクズってことの証明じゃないですか。そんな人間と馴れ合いたいとは私は思いませんね。」
「でもそう言われたってさ、思い当たる節が全くないんだよ。悔い改めようたって何を改めればいいのやら。ていうか、こうなった原因くらい何か見当つかないのか?似たような症状の奴がいたとかさ。」
「まぁ…そこについては私もわかりません。しかしこんなことになってしまった以上、閻魔大王様に判断を仰ぐ他ありませんね。」
「閻魔大王って…そんな簡単に会えるものなのか?俺のイメージだけど、地獄の王様なんだろ?そう易々と話をきいてもらえるとはおもえないんだが。」
「私だってやりたくありませんよ。けれどほら、地獄の法律で決まっちゃってるんです。」
そう言ってパラパラとめくった手帳にはこんな文言が書かれている。
「何か自分の範疇を越える出来事が起こった時は必ず閻魔大王に報告する事。破ったものは死刑に処す。それが大した事でなかった場合も死刑に処す。」の文字があった。
「…めちゃくちゃ大雑把なルールのくせに罰則がアホみたいに厳しくないか?酷いとこだな地獄って。これを守るお前らも大変だろ。」
「地獄は、地上での業が深いものが落ちてくる場所なんです。業が深いってのは、人を苦しめたり、世の中を悪くしたって事です。だからまぁ、ブラック上司とか、曖昧なくせに罰則だけ重い規則とかいう地上の悪い制度が落ちてくる地獄がこうなるのは必然的って事です。」
「ふーんそんなもんなのか。」
「そんなもんなんです。」
「じゃ、行きますよ。」
「え?何で。お前だけ行くんじゃないのかよ。」
「そんなわけないじゃないですか。あなたも連れて行きますよ。」
「は?嘘だろ?」
「嘘じゃないです。地獄の獄卒は嘘をつかないんですよ。あなたたちと違って。」
また嫌味を言われたが、今はそんなこと反応している場合じゃない。
「いや意味わからないんだが。いらないだろ俺。そっちで確認とって、それでいいじゃねえかよ。」
「やですよ。確認とっていちいち戻るのって二度手間じゃないですか。面倒なんで連れて行きますよ。」
「いやいや、冗談じゃねえよ!あんな化け物ウヨウヨ死体ゴロゴロの中大旅行するってわけだろ?絶対に嫌だね。」
「いいんですか?本当に。…あなたにも悪いばかりの話ではないと思いますよ。さっきあなたを襲った獄鬼は、私たち獄卒を襲いません。むしろ積極的にいうことを聞こうとします。もしも私がここにあなたを置いて行ったら、あなたは一人ぼっちアイツに襲われながら、ぐちゃぐちゃの死体になってだれにも助けてもらえないままこのクソ暑い中で腐り果てていくことになりますよ。
もしも誰かに生き返らせてもらえたとしても、私のように話が通じる相手とはかぎりませんしね。」
「…わかった、着いていくよ。」
「賢い判断です。とりあえずうちに来てください。私にも準備がありますから。」
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