親友以上恋人未満の幼馴染

虹星まいる

私の幼馴染が世界一かわいい

 私の幼馴染が世界一かわいい。

 まず、顔がかわいい。ぱっちりとした二重の目、柔らかい毛質の眉、鼻梁はスッと通っていて、唇は薄い桃色。特に笑ったときと照れたときの顔は言葉にできないくらいかわいい。

 次に、声がかわいい。高すぎず低すぎない心地いい声は聞いているだけでリラックス効果がある。二十四時間、私の耳元で小説の朗読とかしていてほしいくらいかわいい。

 他にも、趣味が小物集めなところもかわいいし、「へくちっ!」っていうくしゃみの仕方もかわいいし、絵が下手すぎて逆に芸術的なところもかわいい。

 幼馴染──優梨ゆうりのかわいいところを挙げるとキリがない。ただ、その中でも自信を持って一番かわいいと言えるチャームポイントがある。

 それは、私が好意を示したときのリアクションだ。

 例えばボディタッチ。学校からの帰り道なんかでさりげなく手を繋ぐと、優梨はわかりやすく緊張で身を固める。そこから指を絡めれば、もう火が噴き出そうなくらい顔が真っ赤になる。かわいい。

 他には、思わせぶりな言葉でもかわいい反応をしてくれる。恋バナの途中で「優梨の恋人になれたら幸せだろうな~」とか「将来は優梨のお嫁さんになりたいな~」なんて冗談めかして言うと、優梨は耳まで真っ赤にしてあわあわする。かわいい。

 この反応からわかる通り、優梨は私のことが大好きだ。優梨は隠し通せていると思っているみたいだけど、感情が全て顔と態度に出てしまっているからバレバレ。

 そんな優梨のことを、私も恋愛的な意味で愛している。ちなみに、こちらの気持ちは優梨にバレていない。優梨はそういうところがちょっぴり……いや、かなり鈍感なのだ。

 私と優梨は両思いだけど、付き合うには至っていない。優梨の好意に気づいているなら自分から告白すればいいのにって思われるかもしれないけど、今のところ私に付き合う意思はない。

 これには理由があって──

「ゆーうりっ!」

 放課後。隣のクラスで帰り支度をしていた優梨の後ろから忍び寄って抱き着く。肩甲骨あたりまで伸びた黒髪から甘い花のような香りが漂ってきた。

「な、夏葵なつきちゃん……?」

「一緒に帰ろ?」

 パッと抱擁を解いて優梨の顔色を窺うと、その愛らしいかんばせは真っ赤になっていた。冷静さを保てておらず、口元がちょっと嬉しそうに緩んでいる。

 はぁ、かわいい。

 優梨のこの表情を見るために私は生きていると言っても過言ではない。私からのスキンシップに喜びを隠しきれず、でも、必死に「これは友達同士でじゃれ合っているだけだから」って自分に言い聞かせているときの優梨の顔。友愛と恋愛の狭間で揺れながら必死に理性的であろうとする姿にゾクゾクしてしまう。

 ──恋人になったら、この表情は見られなくなるだろう。だから私は親友以上恋人未満の関係性を保っているのだ。

 優梨と連れ立って校門をくぐる。私たちの家は学校から徒歩十五分ほどにあるマンションで、よほどのことが無い限り登下校はいつも一緒だ。

 その道中、夏葵ちゃん、と声をかけられる。

「今日は……繋いで帰らないの?」

「何を?」

「て、手を……」

 僅かに頬を染めた優梨はそう言っておずおずと右手を差し出してきた。その指先は緊張のためか僅かに震えている。片思い中の優梨にしてみれば、手を繋いでほしいと言葉にするだけでも勇気がいるのだろう。いじらしくてかわいい。

 私は鈍感なフリをして「いいよ」とその手を取る。リードするように指を絡めると、優梨は驚き、照れて、最後に「えへへ」と笑みをこぼした。

「かっ──」

 かわいい!

 今すぐ恋人になりたい!  不意打ちのキスをして優梨を私のものにしたい!

 そんな衝動に駆られるが、ギュッと太ももをつねって我慢する。

「夏葵ちゃん……?」

「な、なんでもないよ?」

 まだダメだ。親友以上恋人未満の優梨を味わい尽くすまで絶対に告白はしない。

 私の葛藤を知らない優梨は、きゅっと柔らかく私の手を握り返してきた。


 放課後は私の家で勉強会を開くことが多い。勉強会って言っても大層なものじゃなくて、せいぜい宿題を終わらせる程度のもの。宿題が終わったら適当に駄弁ったりゲームしたりして、両親が仕事から帰って来る午後七時くらいに解散するのがいつもの流れだ。

 今日も今日とて小一時間ほどで宿題を終わらせて雑談していると、玄関のインターホンが鳴らされた。

 ──あ、もうそんな時間か。

 リビングに優梨を残して応対に向かう。玄関先にいたのは配送業者だった。郵便物を受け取って受領印を押す。ありがとうございましたー、とお互いに言葉を交わしてからリビングに戻る。

「見て見て優梨。買っちゃった」

 郵便物は私が以前から予約していたパッケージ版の格闘ゲームだった。

「発売日って今日だったっけ?」

「うん。やる?」

「やる」

 短いやり取りを経てゲーム機がある私の部屋に向かう。ディスク型のソフトをハードに挿し込んで、モニターの前に二人並んで腰を下ろす。

 チュートリアルを終えてから、私と優梨はトレモで持ちキャラを動かしてみた。操作感は前作と相違なくて、すぐに手に馴染む。

「もう対戦する?」

「うん、もう大丈夫そう」

「それじゃあ、やりますか」

 対戦モードを選んで準備を整える。私はあぐらをかいて床に置いたアケコンに手を添える。優梨はお行儀よく正座してゲームパッドを握り締めている。

「対よろ」

「お手柔らかにお願いします」

 私と優梨による勝負が幕を開けた。私のキャラは一撃が重たいパワータイプで、優梨のキャラは手数が多いコンボタイプ。相性的には向こうの方が有利とされているけど、私も優梨も上手いわけではないためあまり関係なかったりする。

 勝ったり負けたりを繰り返しながらゲームを楽しんでいるとあっという間に午後七時を迎えた。勝率は五分くらいで、決着は次回かな~なんて思っていると、私のスマホにパパからのメッセージが届いた。

 曰く、仕事が忙しくて帰れそうにない、とのこと。同じ会社に勤めているママも同様で、今日は私一人きりで留守番になるらしい。と、なれば──

「ねえ優梨。今日、泊まっていかない?」

「えっ?」

「今日、ウチの親が帰ってこないらしくてさ。明日は学校も休みだし……久しぶりにどう?」

「泊まる!」

 ぱあっと顔を輝かせた優梨はすぐさまおばさんに電話をかけて了承を取っていた。ものの十数秒で話を終えた優梨はこちらを振り返る。

 にこっと笑うその顔は本当にかわいくて、見ているこちらも自然と笑みがこぼれた。


 二人で手分けして作った夕食を食べ終えて、代わりばんこでお風呂に入って、優梨が着替えを取りに一度自宅に戻って、時刻は二十一時。私たちは再びモニターの前で激しい熱戦を繰り広げていた。

「勝ったー!」

 私はアケコンから手を放してガッツポーズする。体力ミリからの逆転は何度経験しても気持ちがいい。

「負けちゃった~」

 私が喜びを露わにする一方、優梨は大して悔しくなさそうに微笑を浮かべていた。優梨は勝ち負けにこだわらない性格というか、私と一緒にゲームをしていることに喜びを感じるタイプなのだ。

 かわいい……けど、張り合いがあった方が盛り上がる。私はここで、一つ提案することにした。

「さて、このゲームにも慣れてきたし、いつものアレやっちゃいますか」

 私の言葉に、さっきまでの楽しそうな表情から一変して優梨の顔が緊張を帯びた。

「アレって、罰ゲームのこと?」

「そう。やっぱり勝負なんだから、敗者には罰、勝者には褒美がないとね。今回の罰ゲームは何にしようか? 優梨が決める?」

「わ、私はそういうこと考えるのは苦手だから」

「えー、本当に? 罰ゲームだったらなんでもできちゃうんだよ? 私にしてほしいこととかないの?」

「え、あ、夏葵ちゃんにしてほしいことなんて、そんな……」

 優梨は耳まで真っ赤にして目を回している。私のことが大好きな優梨ちゃんは何を妄想しているのでしょう。

「優梨が決めないんだったら私が決めちゃうよ? いいの?」

「う、うん」

 ふーん、へーえ。本当は私にしてほしいことがあるくせに、我慢しちゃうんだ。

 私の中に悪戯心が芽生える。優梨が隠している欲望を暴いてみたい衝動に駆られる。罰ゲームを利用して、その心を剥き出しにできないものか。

「あ、そうだ」

 悪魔的な発想が天啓のように降りて来て、私はポンと手を打った。これなら罰ゲームっぽいし、優梨の恥ずかしがる顔も見られるし、その心の奥底に手が届くかもしれない。

 私は優梨に優しく微笑んで、今しがた思いついた罰ゲームの内容を告げる。

「負けた方は服を一枚ずつ脱いでいこう」


 ◇


 私が身に着けている衣類はナイトブラとショーツ、パジャマの上下で計四枚。それは優梨も同じで、最短四戦、最長七戦で決着がつく。

 BOベストオブ7の一戦目は静かな立ち上がりだった。互いに距離を詰めず、相手の様子を窺っている。

 画面から目を離して優梨の顔を一瞥すると、いつになく真剣な表情をしていた。あれあれ、もしかしてそんなに私を脱がせたいんですか~?

 心の中で煽っていると、モニターからバシッと音が流れてきた。

「あ!」

 いつの間にか詰め寄って来ていた優梨のキャラに攻撃を仕掛けられている! 私が見惚れている隙になんて卑怯な!

 必死に抵抗するも虚しく、最初に削られた体力が痛手となって競り負けてしまった。

 ちなみに先に二勝した方がセットを獲得する仕様だから今の試合に負けたからといって私が脱がなければならないわけではない。

 一回戦の二戦目。先ほどと打って変わって開幕から私が仕掛ける。優梨が得意とする間合いの更に内側まで潜り込んで、投げを主体に相手の体勢を崩していく。

 が、途中で私がミスをして大きな隙をさらしてしまい、そこを付けこまれて一気に捲られた。

 一回戦は私の負け。

「よし!」

 勝ち負けにこだわらない優梨が珍しく喜んでいた。私は悪戯っぽい笑みを浮かべながら優梨を挑発する。

「そんなに喜んじゃって、優梨ちゃんは私の裸がそんなに見たいのかな?」

「ちちち違うよ! 私が脱がなくていいから安心しただけだよ!」

「そういうことにしておいてあげますか」

「ほ、本当だからね⁉」

 優梨の言い分を聞き流した私はパジャマの中に手を入れてナイトブラに手をかける。抜き取るようにして脱いだ水色のそれをベッドにポイっと放り投げる。

「はい、脱ぎました」

 服の上からブラを外しただけだから私の見た目は何も変わっていない。だけど、優梨は明らかに動揺していた。放り投げられたブラを視界に入れないようにしているのか不自然なくらい目の前のモニターを見つめている。その頬は朱に色づいて私のことを意識しちゃってるのが丸わかりだ。かわいい。

「それじゃあ、つぎ行きますか」

 気を取り直して二回戦。勝っても負けても優梨の照れ顔が拝めそうだから勝敗にはこだわりがないんだけど、展開的には勝った方が面白そうだから真面目に勝ちに行く。

 開幕から優梨を画面端に追い込んで有利を取る。起き上がりに攻撃を合わせて展開継続に終始し、気が付けばパーフェクトゲームで勝利を収めていた。

 続く二戦目も同じ戦法で主導権を握る。しかし、投げで位置を入れ替えられてから逆に不利状況に陥る。このままでは負けてしまう──と、ヤケクソ気味に放った暴れが通って展開を取り戻し、必殺技を打ち込んで辛くも勝利をもぎ取った。

 二回戦は私の勝ちだ。

「うぅ……」

 眉尻を下げて頬を染める優梨の表情は非常にいじらしくてドキドキする。嗜虐的な喜悦が顔に出ないよう我慢するのも大変だ。

「ぬ、脱ぐから向こう見てて」

「脱ぐところ見せてくれないの?」

「恥ずかしいもん……」

 もん。かわいい。今すぐその身にまとっているものをすべて剥ぎ取って抱きしめたい──そんな凶暴な衝動を胸に秘めて、言われた通り優梨に背中を向ける。後ろから聞こえてくる衣擦れの音を楽しむこと一分ほど。もういいよ、と言われて振り返ると、そこには先ほどと変わらない姿の優梨がいた。

「え、本当に脱いだ?」

「うん、夏葵ちゃんと同じようにブラジャーだけ外した」

「外したものは?」

「着替え用のカバンの中に入れた」

「ふーん……信用なりませんな」

「え……⁉」

「本当は脱いだフリをして身に着けているかもしれないし、これは確かめませんと」

「え、え、夏葵ちゃん⁉」

 慌てふためく優梨の背後を取って、パジャマの上からその双丘に優しく触れる。私より二回りくらい大きいそれは何かに包まれているという感触はなく、手の内で自由自在に形を変える。

「私にも同じものが付いているはずなのに、どうして優梨のやつはこんなにも揉み心地が良いのだろう……」

「もういいでしょ……?」

「ん、確かにブラは着けていない。偉いぞ優梨」

「偉いの……?」

「よし、気を取り直して三回戦だ!」

「ま、まだやるの?」

「おや、一度負けてしまったから日和ってしまったんですか?」

「そういわけじゃないけど……」

 何か言いたげな優梨を置いてコンティニュ―を選択する。優梨の願いも虚しく始まってしまった三回戦は、しかし、優梨の勝利に終わった。

「あーあ、負けちゃった」

 ちらっと優梨を見遣ると視線が交錯した。期待と羞恥が綯い交ぜになった目。

 私はゆっくりと立ち上がって、綿生地のズボンに手をかける。優梨は瞬時に目を瞑った。脱ぎ終わったズボンをブラと同じくベッドに放り捨てて「もういいよ」と声をかける。

「い、いいの?」

 優梨はおっかなびっくり目を開けて──ごくりと生唾を飲みこんだ。

 白いショーツが優梨の目の前に晒される。見せびらかしても特に思うところはないんだけど、それだと色気が無いから上着の裾を下に引っ張って照れたフリをする。

「そ、そんなに見られると恥ずかしい……」

「……‼」

 効果は抜群。優梨は耳まで真っ赤にして私から目を逸らした。

 私は下着が見えないようにあぐらから正座に姿勢を切り替えて再び床に腰を下ろす。手に取るのはもちろんアケコン。四回戦の開始だ。

 今回も接戦になりそうだ──と思っていたのだけど、優梨の様子がおかしい。小技をペチペチとけん制するように置いてくる以外、攻撃してこなくなったのだ。

 これはもしや……私に気を遣っている? これ以上、私が恥ずかしい思いをしないようにわざと負けようとしている?

 あっという間に勝負はついて私の二連勝。優梨が一枚脱ぐことになった。

「脱ぐから向こう見てて……」

 おなじみになったやり取りをして優梨に背を向ける。

 脱ぐなら下だろうな。優梨はどんなパンツ履いてるんだろ~と若干ウキウキしながらしばし待つ。「おまたせ」の声とともに振り返ると、そこには何ら変わっていない優梨の姿があった。

「もしかして……パンツ脱いだの?」

「うん。これだと恥ずかしくないから」

「へぇ、焦らすね。次の勝利が楽しみに──」

「ここらへんでやめておかない?」

「ん……?」

「これ以上脱いだら恥ずかしいところが見えちゃうでしょ? 引き分けにしておくのがいいかなって──」

「ダメだよ?」

 私は有無を言わせぬ圧力を込めた笑みを浮かべて優梨の提案をぶった切る。

「罰ゲームは最後まで遂行しなきゃ。どちらかが裸になるまで勝負は終わらないんだよ」

「そのモチベーションはどこから来るの……?」

 優梨のかわいい照れ顔を見たい。私の色気に当てられて葛藤している姿を見たい。ただそれだけだ。

 戦々恐々としている優梨の肩にポンと手を置いてコントローラーを握らせる。

「さあ、やろう」

「うぅ……」

 そして始まった五回戦。負けた方がいよいよ恥ずかしいところをさらす大一番。

 ガンガン責める私に対して、優梨は守りも攻めも中途半端になっている。たぶん、勝つべきか負けるべきか迷っている。自分が負けたら恥ずかしい思いをすることになるし、自分が勝ったら好きな人に恥ずかしい思いをさせてしまう──そんなことを考えているのだろう。

 悪いけど、その気遣いは不要だ。優梨とは家族よりも深い絆で結ばれているから、今さら裸を見られたところでなんとも思わない。ついでに言うと、私は優梨の裸にもそんなに興味がない。

 私が求めるのは優梨の羞恥に染まった顔のみ。瞳を濡らして、頬を染めて、唇を震わせるかわいい優梨を見たい。

 そのために、まずはここで勝つ。勝ってひん剥いて照れ顔を拝む!

 気合いを入れた最後のラッシュ。優梨の体力を削っていって──最初のラウンドは私の勝利!

「いいのかな~? 優梨ちゃん、このままだと負けちゃうよ?」

「うっ、でも……」

「がんばれ~。私の裸を見る機会なんて二度とないかもしれないんだぞ~」

 心にもない煽り文句で優梨を挑発する。優梨が私のことをどう思っているのか知った上で言っているんだから我ながらタチが悪い。

 優梨の顔を流し目で見る。優梨は言葉の意味を理解して一瞬だけ傷ついたような表情をしてから、覚悟を決めたように唇を真一文字に結んだ。

 そうこなくっちゃ。

 二ラウンド目の開幕と共に、さっきとは打って変わって優梨から攻撃を仕掛けてきた。その積極的な猛攻に私は為すすべもなく追い詰められる。コンボを完走した優梨は私をノックアウトした。

 これで戦績は一勝一敗。次が運命のファイナルラウンドだ。

 ここまで対戦してきて培った人読みを活かして全力をぶつける。すかし択を用意して裏をかく。手に汗握る戦いを制して最後まで戦場に立っていたのは──優梨だった。

「負けた~!」

「勝った‼」

 いい勝負だっただけに負けたことが純粋に悔しかった。おのれ、私の裸見たさに覚醒しやがって。焚きつけたのは私だけど。

 やれやれと肩をすくめて立ち上がる。優梨の目の前に立って、見せつけるように脱いでやる。存分に照れるがいい。

「向こう見てるね!」

「いいよ、脱ぐところ見てても。減るもんじゃないし」

「……⁉」

 私があざとく誘うと、優梨は驚いたように目を丸くしてから、その丸くなった目で私を凝視してきた。期待に応えるようにパジャマの上着のボタンをはずしていく。上から一つ、二つ外したところで手を止める。

 露わになった谷間に食い入るような視線を感じた。ドキっと心臓が小さく跳ねる。

 三つ、四つ、五つとすべてのボタンを開けて、恥ずかしがっているフリをしながらパジャマを脱ぎ落とす。

「感想は?」

「きれい……」

「……♡」

 本心からの言葉に体が火照る。優梨の濡れた瞳の奥に劣情の炎がちらついている。

 私が微笑むと、優梨はかわいそうなくらい真っ赤になって俯いた。

「次の試合やろうか」

「う、うん!」

 かわいい優梨を横目に見ながらの第六戦。ここで私が負けたらおしまい。優梨を脱がせて照れ顔を拝むには必ず勝たなければならない。まあ、だいぶ動揺しているみたいだし余裕かな──なんて思っていたんだけど、優梨がやたら強い。私の裸、見たすぎか?

 覚醒した優梨相手では接戦にすらならず、私は連敗を喫して最後の一枚を脱ぐことが確定してしまった。

「あーあ、負けちゃった」

 本当は優梨を脱がせて恥ずかしがる姿も見たかったけど仕方ない。それはまた別の機会ということで。

 私は立ち上がって最後の一枚に手をかける。ゆっくり下ろそうとして──優梨がギュッと目を瞑っていることに気づく。

「脱ぐところ見ないの?」

「みみみ見ないよ⁉」

「見たいくせに」

「そんなこと────あっ」

 私の言葉に驚いた優梨は目を開けて、眼前にさらけ出された裸体に言葉を失う。丸くて大きな瞳に、手入れの行き届いた無毛のクレバスが映りこむ。

 ──かわいい。好きな人の裸を見た優梨は、こんな顔をするんだ。

 優梨への愛が溢れ出すと同時に、独占欲も湧き上がる。優梨のこの顔は、世界で私だけしか知らなくていい。

「恥ずかしいから、もう終わり」

 優梨にそう告げて、床に落としたショーツを履き直す。惚けた優梨を横目に見ながらブラとパジャマを身にまとう。

「どうだった?」

「かわいくて、きれいで……よかったです」

 それはもう友達の裸を見たときに出てくる感想ではなかったのだが、私は気づかないフリをしてクスクスと笑うのだった。


 ゲームの電源を落としてから、優梨を部屋に残してキッチンに向かう。ゲームに熱中していたせいで喉が渇ききっていた。

「かわいかった……」

 優梨の顔がリフレインしてにわかに顔が熱くなる。

 ──もう、付き合っちゃおうかな。

 私の中の「好き」って感情が抑えきれなくなっているのを感じる。今日だけで親友以上恋人未満な優梨はたくさん摂取できたし、ちょっと惜しい気持ちはあるけど次の段階に進むべき時がきたのかもしれない。

 ──どうやって告白しよう。

 告白するなら私からしたい。ただ、どういうシチュエーションで何を言えばいいのかサッパリ見当がつかない。好きです、だけで伝わるだろうか。場所は放課後の教室が無難だろうか。

 悶々としながら冷蔵庫からペットボトル飲料を二本取り出して、片方に口を付ける。もう片方は優梨にあげる分だ。

 まあ、告白のことはまた今度考えよう。あまり意識しすぎると今日のお泊まりにも影響しかねない。

 私はそう結論付けて部屋に戻り、ノックもせずにドアを開ける。

「飲み物とってき──」

 私は手に持っていたペットボトルを取り落とした。

 視界の先。

 そこには、下着姿の優梨がいた。

 そういえば優梨もパジャマの下は脱いでいたんだっけ。私がいなくなったタイミングを見計らって着替え直そうとしたんだ──そんな思考が一瞬で駆け巡っていき、目の前の優梨に釘付けになる。

 均整の取れた体が纏うのは、隠すべきところが透けて見える黒地のシースルーランジェリー──すなわち、勝負下着。

 優梨と目が合う。

「優梨、それ──」

「ち、ちがうの! これはなんでもないの!」

 羞恥に染まって瞳を濡らす優梨の顔を見て──スイッチが入ってしまった。

「お泊まりの着替えを取りに帰ったときに、それを着て来たんだ? 体育のときは普通のスポブラだったもんね?」

「うぅ……」

「友達の家に泊まるだけにしては随分と気合いが入ってるみたいだけど……どうして?」

 聞かずとも、私は答えを知っている。そういうことを期待していたからに決まっている。

 口元が愉悦に歪む。追い詰められた優梨はどうやってこの場を凌ぐのだろう。

「だ、だって──」

 震える声で優梨は言葉を紡ぐ。

「もしも何かの拍子に下着を見られることがあったら、そのときは夏葵ちゃんにかわいいって思ってほしかったんだもん……」

 ああ。

 かわいい。

 私に見られるような状況を期待していたところとか、見せられるタイミングはあったのに恥ずかしくなって結局隠していたところとか、そういう諸々が全部かわいい。

「優梨」

 私の足は自然と優梨の方へ向かっていた。後ずさる優梨の身体を優しくベッドに押し倒す。

「確認なんだけど、優梨って私のこと恋愛的な意味で好きだよね」

「どうしてそれを……⁉」

「実は私も優梨のこと好きなんだ。付き合ってくれる?」

「え、えっと、急すぎて……」

「私の彼女になるの? ならないの?」

「なります! 夏葵ちゃんの彼女になります!」

「うん。それじゃあ私たちは今から恋人ね。で、恋人になったら、恋人らしいことをしなくちゃいけないよね?」

 私は左手で優梨の頬を撫でながら、右手で自身のパジャマのボタンを外していく。さっき着たばかりのそれはすぐに脱ぎ捨てられる。

「かわいいよ、優梨」

 そう言って、私はそっと口づけを落とす。

 こうして、親友以上恋人未満の関係は終わりを迎え、私たちは新たな一歩を踏み出したのだった。


 ◇


「ゆーうりっ!」

 季節は巡って春。放課後、学年が変わって同じクラスになった優梨に抱き着くと甘い香りが私の鼻腔をくすぐった。

「もう、皆が見てるよ?」

 優梨は困ったように微笑んで私の拘束をやんわり解く。恋人としての余裕があるせいで、これくらいのスキンシップで照れることは無くなってしまった。残念だ。

「すっかり桜も散っちゃったね」

 帰路を辿る最中、優梨は桜並木を見ながら呟いた。「そうだね」なんて返事をしながら、私は繋がれた手の温もりを意識する。

「来年もお花見行けるかな?」優梨がきいてくる。

「二人とも大学に合格できたら行こう」

「受験勉強がんばらないとだね。ゲームはしばらくお預けかな」

「代わりに模試の点数で勝負する?」

「負けた方は罰ゲーム?」

「もちろん」

「えー……」

 嫌がる優梨に私は微笑む。恋人になってからの優梨は色々な顔を見せるようになった。今みたいに不満を露わにしたり、ちょっとしたすれ違いで喧嘩になった時は怒った顔や悲しい顔も見せたりする。

 私が何かをするたびに照れていた優梨はもういない。そのことを寂しく思うと同時に、嬉しくも思うのだ。だって──

「一緒の大学に行けるといいね」

「うん。そのときは夏葵ちゃんと二人暮らしだ」

 優梨は花が咲いたような笑みを浮かべる。その笑顔に私は何度もときめいてしまう。

 ──どんな表情よりも、恋人になってから見せるようになったその笑顔がかわいいから。

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