第2話




「今日も絶好調でしたね。三発目などは、かいしんのいちげき! ……と言わんばかりの素晴らしい仕上がりでした」




 我慢できなくて駆け込んだお手洗いから、自分の部屋に戻り、幼馴染へ賞賛の言葉を送る。

 そうすると、ベッドの上でぬいぐるみを抱えたまま座るユウが、私を可愛く睨みつけてくる。あぁダメ。そんな目をされると、また求めたくなってしまいそう。




「どうしよ、褒めてるつもりかもだけど、ぜんっぜん嬉しくない」


「褒め言葉がダメでしたか? では、百年に一度の出来栄えなどはどうでしょう」


「季節物のワインみたいに言っても変わらないから。やってることがやってる事だし」


「えー? もう、欲しがりさんですね?」


「どっちが?! こういう事させんの、セツナじゃん!」




 がるがると獅子の様に吠え立てるけれど、私から見た彼女は良くて黒猫。みゃあみゃあ鳴いてるようですごく可愛らしい。

 あんまりに可愛らしいものだから、私もベッドに腰掛けて、それから彼女の頭を撫でると、じっとりした視線を投げつけられる。




「……何回だって言うけど、こういう事はやめようよ」


「何回だって聞かせてくださいね? ……“こういう事”とは?」


「その、あたしがセツナをこう、イジめる、みたいなさ」


「……ふふ、ユウは勘違いしていますね。“みたい”ではなく、虐めているのですよ?」




 そこを勘違いされてしまっては。彼女には、私を虐めるフリをするわけではなく、出来うる限り心の底から私の身体を蹂躙して……そして、

 故に私がそう短く、言葉を突き付けたなら、ユウは悲しそうに眉を寄せる。その顔もダメ。もっと、欲しくなってしまう。

 私は自分のスマホを手に取り、態とらしく彼女に見せつけてあげる。




「それに、何か勘違いしているみたいですが……?」

 



 そうすれば……ユウは絶望したかのように目を見開いて、それからベッドの傍に置いたテーブルへ視線を投げ出した。ああ、なんてステキな表情。

 そう、この関係の“はじまり”は彼女。

 私はただ、それを自分の都合のいいように利用しているだけなのだから。

 スマホの中にあるのは、たった十数行のメッセージのやりとりを残したスクリーンショット。

 そこには、ある事実が記されている。

 が。

 



 ——私達は物心つく前からの幼馴染。互いの両親の仲が良く、住まいも近いという事で赤ん坊の頃に顔を合わせ、それからどこに行くにも一緒であるようになった。

 幼稚園から小学校、中学校と成長と思い出を重ねていたある日、今日と同じこの部屋で。

 不意に、本当に唐突に、ユウが私の唇を奪った。

 行われたのは、年頃らしい幼稚なもの。知識だけは予習してきたのか、たった一分に満ちるかという接吻の合間にも、舌を使うこともあった。

 けれど、それだけ。

 唇も舌も、何もかもが拙くて快楽とは程遠い、児戯に等しくも愛らしいキスだった。

 それを受けた私はやっぱり驚きはしたし、嬉しくも思った。けれどそれ以上にこう思ってしまった。“ああ、これを使えば良いのですね”。

 その日はそれだけで終わった。ユウは、キスを出来たという興奮からか、あるいは満足からか、何を言うでもなく帰ってしまったのです。

 だから私はその日の内に彼女にメッセージを送った。“あれは、どういうつもりですか?”

 そんな、喜んでいるとも怒っているとも取れる、曖昧で端的なメッセージ。

 それの返答は……ふふ。今でも笑ってしまいそうになるほど、やっぱりユウらしい可愛いもの。

 キスに興味があったからとか、みんなしているからとか、言い訳じみていて、それでいて

 それが帰ってきた時は……なんて愚かなんだろうと、笑いが込み上げるのを抑えきれなかった。

 それには優しい返答を返した。その時に限れば、きっと彼女も安心してくれた事と思う。

 けれどその次の日に、スクリーンショットをユウに見せつけて、“お願いを聞いてくれますか?”と、脅しかけた私自身を罰すいじめる事を望んだ。




 ——しかしあまり悲しませるのは、私としても望まぬところ。ここは“飴”をあげる事にする。

 着直したブラウスのボタンを外し、キャミソールを捲りあげたなら、




「……ユウ、これをみてください」




こんな事を、ユウの耳元で囁いてあげる。

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