第52話

林と山村の話は続いた。

「2019年の国土交通省の資料によると、日本の二酸化炭素排出量は11億800万トンなのです」


「その数字が多いのか、少ないのか僕には想像できないですが・・」

「そうですね。その中で、運輸に関わる二酸化炭素は2億600万トンなります。実に全体の18・6パーセントを占めるのです」

「運輸とは、船や鉄道、自動車による物流のことですか?」


「おおむね合っています。情報が瞬時に世界中で同時に受け取れる現在でも、実態のある物を消費者の手に届ける事は最も重要な事です。サッカーで言うならいわばゴールです」

「はい、僕も自転車で食品配達の仕事をしていますから」


「それは結構。運輸に関わる二酸化炭素のうち、86・1パーセントが自動車からの二酸化炭素だと言われています」

「自動車ですか」


「ある調査によると、仮に人間が一キロ歩く時に排出される二酸化炭素の量を比較すると、自家用車が130グラム、飛行機が98クラム、バスが25グラム鉄道17グラムらしいです」

「でも、電気自動車や水素自動車も開発されていますよね」

「はい、電気自動車や水素自動は、確かに走行中に排出する二酸化炭素は僅かです。しかし電気を作りだす過程で二酸化炭素化が排出されていますし、水素を作る過程でも二酸化炭素が排出されています」


「そうか、燃料を作る過程で二酸化炭素が出るのですね」

「そもそも自動車を組み立てる工程で、二酸化炭素は出るのです」

山村は少しムッとした。林は自動車不要論を語っているのだ。


「では、林さんは自動車の存在が悪だと言う事ですか?」

林はニヤリと笑った。


「いえ、むしろ私は車が世界を救うと思っています。特に“走る実験室”と呼ばれるカーレースに注目しています。人間は一度手にした技術を決して手放すことはできません。産業革命以前に戻る事はできないのです。だったら究極まで車を進化させたらいいではないですか」

林は山村に右手を差し出した。山村は林の手を取ってガッチリと握手した。その後二人はカーレースについて四方山話をした。


2015年にアロンソ選手からGP2マシンと貶されたホンダエンジンは、2023年現在、ホンダ史上最強の黄金期を迎えていている。エンジンとモーターを高い水準で制御した高出力の駆動システムは環境性能を備えたパワーユニットと呼ばれている。


F1レースは一面では絶対的パワーを持つ機械同士の戦いと思われがちだが、実は、天候や気温やサーキット特性など、かなりが割合で自然環境の変化が勝敗に影響する競技なのだ。物理法則の基づく自然環境の変化を瞬時に読み取って、もっとも状況に適応できたチームが勝利を手にするとも言える。


そのF1は2030年のカーボンニュートラル実現を宣言した。

カーボンニュートラルとは温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させる事であるが、2026年以降のF1エンジンは、減速時の熱エネルギーで回る電気モーターの出力を3倍に引き上げて、製造から使用まで炭素を出さないカーボンニュートラル燃料の使用が義務付けられる。


そしてホンダは、2026年からチーム、アストンマーティンにパワーユニットを供給するワークス契約を結んだ。

続く









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