第51話

2023年5月23日午前6時。すでに気温は20度を越えている。大阪の天気は快晴だ。山村は7年ぶりに関西空港にいた。巨大なリュックサックを手荷物に預けた後、フランスの首都であるパリの、シャルル・ドゴール空港に飛ぶベトナム航空飛行機に乗る為にゲートを潜った。

パリから飛行機を乗り継いでニースに行くのだ。ニースからはバスになるだろう。目指す先はモナコ公国である。


モナコ公国は、三方をフランスに囲まれた、世界で一番小さな国連加盟国だ。ここモナコ公国で5月26日からF1レースが開催される。山村はレースを観戦するために7年ぶりに日本を飛び立つ。


モナコ公国は、西ヨーロッパのある主権国家である。イタリア、リグーリア州に隣接する、フランスの風光明媚な保養地コートダジュールに接していて、北、東、西にはフランス、南には地中海と国境を接している。


陸地の長さは5・47キロで、幅は1700から349メートルに過ぎず、海岸線が3・83キロを占める。人口は3・7万人。世界で最も物価が高く裕福な国である。


飛行機の座席に座り、飛行機の離陸を待っていると、山村の隣に初老の日本人男性が立ち止まった。男性は重そう手荷物を携えて、不自然な体勢で航空券と座席番号を何度も見比べている。


「もし、何かお困りですか?」

「この奥の席は、まだ誰も座ってないですか?老眼で数字が良く見えんのです」

「失礼、見させて頂いていいですか?」

「もちろん」


山村は立ち上がり、男性のチケットを確認した。

「ご主人、僕の隣の席で間違い無いです。窓際ですよ、荷物手伝います」

「ありがとう。助かりますよ」


山村は男性の鞄を荷物入れに収納した。ようやく一息ついたのか、男性は窓際に腰を下ろして深呼吸した。

男性は山村に声を話しかけた、


「貴方もパリですか?」

「いえ、パリを経由してニースまで行き、そこからモナコに行きます、僕の名前は山村と言います」

男は、林と名乗った。


「モナコですか、羨ましい。今は自動車レースの時期ですものね。私はパリに住んでいる友達に逢いに行くのですよ」

「そうですか、きっとお友達も喜ばれますね」

「我々の世代は、皆車が好きですよ。幸運にも好景気の時期に就職して、雇用も安定していましたから、ローンを組んで高級なスポーツカーを所有していましたね」

車の話をきっかけに、林は急に饒舌になった。いつの間にか飛行機は動き出している。

「機械は恐怖を感じない。でも人間は違う。だから人は進歩するのです」

林はそう言った。


「進歩はしませんが、僕には常に危機感があります。歳を取ると楽になると信じていましたが、逆ですね」

「失敬、私は恵まれて家庭に育ち、苦労した事がないので危機感を感じた事がないですが、歳を重ねると誰かに守られる立場から、守る立場へと変化する事はわかります」

林は申し訳なさそう頭を下げた。そこから林は次の話題に移った。


「私は世界のエネルギーと、環境の関係を取材して報道するジャーナリストです。今世界は産業革命以来エネルギー政策に関する大きな転換期を迎えています」

「なるほど」

林は続けた。

続く






















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