第50話
午後8時に伊丹空港を出たあと、山村は蛍が池駅から電車に乗り、大阪市内の大型書店に行った。店頭に平積みされた小説専門誌の一冊を手にとり、パラパラとページをめくると、新人小説家コンテストの告知が目に入った。
山村は、小説専門誌を手に取り、支払いカウンターで書店員に差し出した。そもそも小説なんて書いたことはない。しかし何時になるか分からないが、この万年筆で小説を書いてみようと思った。
家に帰るとポストに一枚の手紙が入っていた。差出人は柳村玲架、消印から投函されたのはエチオピアのようだ。
玲架の手紙は次のような内容だった。
こんにちは、山村さん。貴方が無事に日本に帰国してこの手紙を読みますように。そして貴方がこの手紙を読む時、私はこの世に居ないか、生きていても暗い牢屋の中だと思います。
私は自分の罪の重大さを痛感しています。どんな刑が下されるのかとても恐れています。
私にはかつて夫と子供がいました。しかし、自分の無力さの為、欲望のままに家族と夫を裏切りました。それが私にとって最初の罪でした。
一つの罪を犯すと、それを隠すために、もう一つ罪を犯すことになります。ごく平凡な家庭の妻だった私は、罪の連鎖の中に落下していきました。
自暴自棄になれればまだ救われたのでしょうが、犯罪に加担することに何の感情も抵抗もなく、他人が苦しんでいるのにつけ込み、彼らを犯罪の世界に突き落とすこと喜びさえ感じていました。精神が麻痺して、他人の痛みを想像する事さえできなくなっていました。
弱いものが、もっと弱いものから大切なものを奪い取る。そして最後に、その甘い汁を私たちがたっぷりといただくのです。
いつしか、冗談でも比喩でも無い銃と暴力が支配する世界に私はいました。罪を犯すことで裏切りものを抹殺し、不満を持つ者の心を壊して従わせるのです。誰かを攻撃することで自分の権威を高め、恐怖を植え付けることが、組織を維持する為に必要でした。
他人を攻撃することが、私にとって、生き延びるための唯一の方法だったのです。
牢屋に繋がれた現在、自分はどうすれば正解だったのか?どこで間違ったのか?何度も何度も考えました。でもどこで間違ったかなんて結局わかりませんでした。
私が辿った負の連鎖の一本道は避ける事ができなかった。全てが終わった今となってはそう考える他ありません。ただ救いがあるなら、巡り合いの奇跡が起こり、山村さんと出会えた事です。
この手紙を書いたのは、あなたのとの、未来の約束を果たしたいと思ったからです。
私たちにとって遠い未来、2023年のモナコF1のチケットを同封します。貴方と行くつもりで2枚買ったので一枚お渡しします。
柳村玲架
山村は何度の手紙を読み返した。そしてチケットの日付が、7年後の2023年だと気がついた。この手紙は未来から来たのか、それとも誰かの冗談か。どちらでもいい。2023年になれば分かることだ。
19
山村は、旅行先でスーツケースを紛失している。その中にほぼ全財産が入っていた。手元に今あるのは、現金一万円と、電子マネーが2万。今アルバイトを始めても給料の振り込みは来月になる。
山村は押入れの奥にしまっていた宅配アルバイトの鞄を取り出して、宅配アルバイトのアカウントをもう一度開き、ガイドにしたがって申し込みをした。
かつて会社に勤めていた頃、上司からやれと言われた事はなんでも従った。しかし会社を辞めた現在、自分で自分に仕事の命令する事できなかった。
山村は、ドッグフードの味しか知らない室内犬と同じだ。野に放たれたら獲物を取れない。
しかし室内犬だとしても、やれることはあるはずだ。
次の日から山村は自転車で宅配を始めた。自分で100円の報酬を得る事がどれほど大変か、身に染みながら自転車を漕いだ。それから7年の月日が流れた。
続く
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