第49話
南スーダンのジュバ国際空港は、とても素朴な空港だった。ただ整備が十分でないから、大型ジェット機の離着陸が困難なようだ。
イミグレーションを通り滑走路を直接歩いて飛行機まで行く。短い滞在時間だったが、ジュバは簡素な町で、人は親切で活気がある。古代から交易で栄えた町らしく、市場は物資が豊富にある。
しかし紛れもなく、紛争が勃発している場所なのだ。2023年11月からは再び日本の自衛隊員数名が滞在する事が決まっている。
山村は、エチオピア航空で首都ジュバ国際空港を飛び立った。成田空港に降りた後、伊丹空港行きの全日空機に乗り換えた。
夢が幻か判断つかないくらい、沢山の出来事が起こった。山村の脳はまだ混乱している。しかし物理的に故郷が近くなると、胸が楽になり身体が軽くなって行った。アフリカにいる間ずっと強い緊張状態にあったと初めて気がついた。
晴れわたった空を飛行機は懐かしい関西に向かって飛んでいる。山村は座席のモニターに写し出された、飛行ルートを見ていた。現在高度は8229メートル、向かい風103キロ、窓から太陽が地平線に沈んでいくのが見える。
西の空がみるみる赤い色に染まっていく。飛行機から見る夕焼けは格別だった。やがて飛行機の窓から富士山が見えた。紛れもなく山村は今に日本にいる。山村は心から安堵した。真下に街が見えてきた。飛行機は中部地方に差し掛かっているのだ。
飛行機は地平線の果てまで続く雲で出来た平原の上を、滑るように飛行していた。「あと20分で伊丹空港に到着します」パッセンジャーアナウンスメントがある。
モニタを見ると、566マイル外気温マイナス38度。対地速度770キロ、
真対気速度931キロメートルと表示が出ている。
「本日はご利用いただきありがとうございました。現在伊丹空港到着予定時刻は、17:10です。気温は18度。本日は機材の変更に伴い到着時刻の遅れが発生して大変申し訳ありません」
山村は雲に覆われた窓の外を見た。飛行機は次第に高度を下げていき、雲の中に飛び込んだ。キーンと耳鳴りがするので、山村は唾を飲み込む。分厚い雲をくぐったその下に懐かしい大阪の街が見えてきた。
座席の前にあるモニタが点灯してアナウンスが流れた。
「今夜は満月皆既月食でございます」
8東の方向、地平線の直ぐ上に明るい満月がぽっかり浮かんでいた。
飛行機が右に大きく旋回すると大地と空がぐるりと入れ替わった。
伊丹空港の手荷物検査場で荷物を持ってロビーを出ると、スーツに上等そうな帽子を被った髪の白い高齢の男性が待っていた。
彼は山村がスーダンで無くしたスーツケースを持っていた。
「おかえりなさい、山村さん」
「あなたは誰ですか?」
男は、深く頭を下げた。
「私は外務省秘密捜査局の安達と申します」
「今から僕の取り調べですか?」
「いえ、あなたの身元は存じております。柳村玲架の動き調べていて、あなたにたどり着きました」
安達はそう言うと、山村の胸ポケットにさしてある万年筆を抜き取り、代わりに同じ形の万年筆を山村の胸ポケットに差し込んだ。
「あなたのおかげで、福田イブキ、富田敬司、柳村玲架の三人を逮捕できました。心より感謝いたします」
「僕を利用したのか?」
「私たちにそんな権限はありません。ただ自国の民がピンチの時は必ず命を守る。それが私たちの唯一にして絶対のミッションです」
安達は万年筆を床に落として、右足の踵で思いきり踏みつけた。万年筆はあっけなく二つに折れた
「その万年筆に何か細工でも?」
「これはただの万年筆ですよ」
安達は微笑んだ。
「あなたにお願いがあります。この旅の事は忘れないでください。できれは、私があげた新しい万年筆であなたの旅を書き残してください、誰にも知られない所で、命をかけて民を守っている人間がいる事を覚えていてください」
安達はそう言うと、行方不明だったスーツケースを山村に渡した。
「あなたは日本の国民です。世界の何処にいても私たち自国の民を守ります。それはそのパスポートが保証しています。
私たちは世界中にその為のネットワークがあるのです。しかし私たちが出来るのは其処迄です。
どうか自分の生きる道は自分でお探しください。自分が生きる道は国家が指示する事ではありません。どの人も強い生きる力があるからです。それを自分で生かしてください。それを見つけたらこの国の未来のために納税をお願いします」
安達は、税金の滞納請求書を山村に手渡した。
続く
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