第45話
番組が終わると、放送局宛にひっきり無しに電話がかかってきた。全てヒナタの歌を賞賛するものだった。
番組が終わった後、山村は、イブキの車に乗った。
「山村、車酔いしないか?大丈夫か?」
イブキは昔と全然変わっていない。相変わらず気配りの人だ。
「スーダンで散々車移動したから慣れたよ」
「じゃあ、大丈夫だな、今から四時間くらい走るぜ」
イブキは、トヨタ製のラウンドクルーザーを発進させた。
「山村どうだ、南スーダンは?」
「信じてた人が逮捕されてショックを受けているよ。しかし戦っている南スーダン人が悪人には思えない」
「南スーダン人はみんないい人だよ、シャイで真面目で、困っている人がいたらほっとけない、何十年も前になるが、旅の終わりに南スーダンに来て、飢えて死にそうな時、この国の人たちに寝場所を、食事を分けてもらい命を永らえたんだ」
「僕との旅行の後のことか?」
イブキは頷いた。
「この国の主な産業は石油だ。しかし庶民にその恩恵が受けられるわけではない。僕はある日本人のネット記事を見て、ハチミツ作りを始めたんだ」
「ハチミツ造りが、イブキにできるのか?」
「山村との旅の後、僕も就職したり、アルバイトしたり、農家の手伝いをしたり、本当にいろいろな仕事をしたが、どれもうまくいかなった。でも、ここでのハチミツ作りはなんとかできている」
「ハチミツが収入になるのか?」
「一年で600キロ売ったら2100ドル(2020年)になる。日本円で21万7200円だ。南スーダンの平均年収が11万2700円(2020年)だから2倍の額だ」
「それはすごいよ」
「南スーダンと日本の貿易額知ってる?日本の外務省のデータ見ると、南スーダンは日本から中古車など13億円くらい輸入してるけど、輸出額は61万円なんだぜ、びっくりしたよ」
「輸出額が61万円?」
山村は大袈裟に驚いた。
「南スーダンでは、コロナで、ガソリンが水よりも安くなった。ガソリンの値段が一リットルにつき一ドル以下にさがったんだ。でもハチミツの値段は下がらなかった」
「ハチミツか・・アフリカといえばコーヒーのイメージだけど」
「コーヒーも大事な産業だよ。だがコーヒーを収穫しようとすると、コーヒーの苗を植えて収穫するまで3年以上待たなければいけない、育つの待つ間、収入はゼロだもんな」
「確かにな」
「ハチミツは木製の巣箱があれば、3ヶ月ですぐ収穫できる。紛争が起こっても巣箱を持って移動することもできる。僕は、この地域の人と協力して助け合い、ハチミツの生産をしてるんだ」
「そういえば、日本でも巣箱を持って移動しながらハチミツを採集している人を見たことあるよ」
「うん。しかし日本で新しいビジネスを始めるのは、並大抵ではないよ。物がありすぎて、どこにも新参者が入る隙はない。でも南スーダンではみな飢えている。食べられるものなら、なんでも欲しい状態なんだ。人のために善意で仕事を始められるよ。商売を志す人間には天国だよ」
車は、小さな川に面したコンクリート造りの古屋にたどり着いた。
「この川の水を利用して、小さな発電機を回してるんだ。その電気は僕のうちだけでは余るから、近所にも配線を回して分けている」
「電気を共有してるんだね」
「そうだ、まあ中に入れよ」
イブキの部屋は、殺風景なコンクリートの家だった。小さなテレビが一つ、そして壁にクラシカルな日本アニメのポスターが一枚貼ってある。
「山村、これを見てくれ」
イブキは、テレビの下にある引き出しを開けた。中にはたくさんの携帯電話が入っている。
「こんなに携帯電話を、何のために?」
「さっき逮捕された、富田敬司と柳村玲架を裏で操り、日本の出し子たちに詐欺を働かせていたのはこの僕なんだ。もうすぐ僕も逮捕される」
イブキは力無く笑った。
「イブキ、そんなやっと再会できたのに」
「君に僕の犯罪の全てを話そう。その前にコーヒーでもご馳走するよ」
イブキは、キッチンに立ってコンロでお湯を沸かし始めた。殺風景な部屋にほんのりコーヒーの香りが漂った。
続く
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