第38話

穏やかな気持ちになる。町の雰囲気は住む人が作るものだ。ナイル川に近いカリーマは交易の中継地として昔から栄えてきたそうだ。だから珍しい物や、他所からきた人間に対して寛容なのかもしれない。何処からか食べ物の良い匂いがする。何処かのお店で肉を焼いるのだ。


ヒナタは車をホテルの前につけた。

「ホテルの名前は?」

「ヒナタホテルよ、私ホテルのオーナーなの」

「え、ほんとに?ヒナタお金持ち?」

「ようこそ、リッチな私のヒナタホテルへ」


ヒナタは、両手を挙げて、おどけて見せた。

「シャワーは、冷水だけどちゃんと使えるから。ワイファイもテレビも映るカリーマでは超高級ホテルよ」

「でも僕お金持ってないんだけど」

「日本人に帰ってから送って、ウフトだからツケでいいわ」

ヒナタはかっかっかと白い歯を見せて笑った。


「夕食は奢ってあげる。食べに行こう」

山村とヒナタは、ターミナルの側にある羊肉の店に向かった 。この店では店先に並べてある羊の肉を小さく切って、コンロで焼いてくれる。肉が焼けて香ばしい匂いが漂ってくる。山村の腹が鳴った。金属のお皿の上に美味しそうなお肉とパンが置かれる。

「スーダンはイスラム法が厳格に適用されているから、お酒も豚肉は無いの。食べたら厳罰よ」

「やっぱりビールは無いのか」

「スーダンは世界的なゴマの産地だから、ゴマなら沢山食べていいよ」

ヒナタは微笑んだ。

「外食も高くなってるんでしょ」

ヒナタは、パンを齧っている。

「スーダンは今、もの凄いインフレで、パスタや米の値段が6倍以上になってるの。でもパンは政府が補助金を出してるお陰で2倍くらいしか値段が上がってない」

「じゃあよかったじゃない」

「これが良くないの。政府は小麦に補助金出してるから崩壊寸前なのよ。小麦栽培はスーダンの気候には適してないから輸入するしかない。輸入すると外貨不足になる。外貨が不足すると発電所にも支障をきたして停電になる」


「パンだけでそんなことが」

「しかもウクライナの戦争で小麦の価格があがってる」

「スーダンまで影響があるんだ」

「もともとスーダンの主食は、ソルダムという雑穀を粉にして練って発酵させて食べ物だったんだ。でも外国からパンがはいってきた」

「うん、パンは美味しい」

「パンは手軽だし、美味しいし、焼く時間が短い」

「ソルダムは時間がかかるの?」

「ソルダムの料理は、ずっと火の前で番を

していないといけない。一度パンの手軽さと美味しさを知ってしまったスーダン人は、もう手間のかかるソルダムには戻れなくなってしまったんだ」

「そうなんだ」

「2019年に、30年続いたバシール政権を崩壊させたのは、パンの値段が高騰したのが原因だと言われてるのよ」


ヒナタは美味しそうにお肉を食べている。スーダンでは、お箸もスプーンも使わない。食事は手で食べる。煮込み料理が置かれる。

「この料理は何?」

「これはフールと言って、スーダンでは朝昼夜に食べられている国民的食事なんだ。生豆を使った煮込み料理よ」

「日本人も同じだな、朝食はほとんどパンだよ」

「私は別に政治批判をしたい訳じゃない、ただその国に根づいた食べ物や文化は、合理的でエコな理由があって、存在してるんだよ」

「僕にはよく話からないけど」

食事が終わってから、山村とヒナタは“ホテルヒナタ”に戻った。


ホテルヒナタでは、山村とヒナタは同じ部屋になった。山村はずっと体操座りして外を見ている。ヒナタはシャワーを浴びたあと、ゆったりとしたガラベイアを着てあがってきた。薄手の布だから、スタイルの良い体が透けて見える。歩くたびにスリットから細い足が見え隠れした。


「空き部屋いっぱいあるんだから、部屋別でも良くない?」

「こんな所で女子が一人個室で寝て、何かあったらどうすんのよ、責任取れる!?」

「僕の理性にも限界があるよ・・」

ヒナタは背後から、山村を抱きしめた。

「わ、なにすんだ!死刑は嫌だ!」


ヒナタは柔らかくて張りのある胸を、山村の背中にピッタリと押しつけた。

「スーダン人男性は優しいけど、夜に男の人格変わるのは万国共通でしょ、ホテルでも安心できないわ」

ヒナタのあたたかい吐息が、山村の耳を湿らせていった。このままヒナタに身を任せてしまったとしたら・・山村の脳は思考力を失って麻痺していく。

「僕といる方が危ないよ・・」

ヒナタのぷっくりと形のよい唇が、山村の頬のすぐ横に近づいてくる。

続く

















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