第37話
「ゲベル・バルカルまで、列車やバスでも行けるけど、今日は大学で自動車をレンタルしました」
「自動車に乗るの?」
「そうよ。それとも遅れてばかりのスーダン国営鉄道の方がいいかしら」
「車でお願いします、いや車がいいです」
「よろしい、ウフト(妹よ)」
出発したのは朝の6時だった。山村はヒナタが運転する車に乗った。車は大学が所有しているトヨタ製の4輪駆動車だ。今から、カリーマという町にまでいく。そこにゲベル・バルカルという遺跡があるから、同行するようにとヒナタは言った。山村はお金もパスポートも無くしている。ヒナタに従うしかない。車はゆっくりと動き出した。
「私の専門は、紀元前約9世紀から紀元3世紀に頃、ナイル川中流域にクシュという王国の歴史なんだ。今から、クシュ王国の、ゲベル・バルカルという遺跡に行くからね、すぐ近所だから」
「近くてよかった、僕車酔いしやすいから」
「心配しないで、たかが400キロを、九時間で走破するだけだから」
「やめて!急がないから、ゆっくりでお願いします」
「そう!?私の華麗な4輪ドリフトお見せしたかったわ、残念」
「よかった、寿命が伸びた・・」
無事に、車はゆっくり走る事になった。
「スーダンには、ビクトリア湖から始まる世界最長のナイル川が流れているのは言ったわよね」
「うん」
「エジプト南部のアスワンから現代のスーダンの首都ハルツームにかけての地域は、かつてヌビアと呼ばれていたんだ。この場所にクシュ王国は誕生したの、すごくない?」
ヒナタは、アクセルを踏み込んだ。
「うん、わかったから前を見て運転して」
「古代クシュ王国は、ナイル川中流域のナパタを首都として栄えた。紀元前8世紀にはビアンキ王はエジプト全土を統治したのよ。
その王国が、第25王朝エチオピア王朝なのよ。すごくない?この灼熱のナパタから、車も列車もない時代にエジプトまで統治するなんて」
またもや車はスピードを上げていた。
「まずはヒナタ、スピード落として落ちつこう」
ヒナタは、慌ててアクセルを戻す。
「で、クシュ王国では、まだ解読されていない文字があるのよ」
「でっかい遺跡がたくさんあるのに、今更文字なんてどうでもいいじゃん」
「メロエは文明が低いから記録が少ないのか?私は違うと思うの。何かの目的のために記録を消し去ったんではないか?私はこう仮定してるのよ」
「何かの目的?」
ヒナタは笑った。
「私はメロエ文字を解読してビアンキ王の秘密を暴くんだ」
「そんな秘密あるのかな?」
「私はクシュ王国の謎を解く!」
車はまたもやスピードを上げていた。
「スピード落として」
ヒナタは速度を落とした。
「あのね、そんなことより何より、毎日、お腹すいて死にそうなんよ。でもお金稼ぐのは本当に大変なんよ」
「うん、それはわかる」
「もうお金になるならなんでもしたい、この世界遺産が有名になったら、この前でお土産売れるやん、ピラミッド音頭とか、ピラミッド饅頭とか作ってみんなんで一緒にお金持ちになれるやん」
「ヒナタ、本当にスーダン人?」
「私、スーダン生まれの関西育ちだから」
「ゲベル・バルカがどんなにすごくても誰にも見られなければ、無いのと一緒よ。ちょううど私ら全スーダン人が最貧国の人と一括りにされるみたいに」
「なるほど、どんなに良い動画も再生回数あがらないと見てもらえない」
「うん、ゲベル・バルカは世界中の人が訪れるビッグコンテンツに成長するポテンシャルがあると思うんだよ。なんたって世界遺産に登録なんだから。私は“ゲベル・バルカとナパタ地域の遺跡群”を世界中に責任もってオススメしたいわ」
出発してから、まだ三時間も立ってない。目的地はまだまだ先だ。
「ところで、ヤマムラはこれからどうすんの」
「わからない、神のみぞ知るだよ」
「バッカじゃないの?そんな受動的じゃ神様も助け船だしようがないよ、神様に頼む前に自分で今すぐ出来る事1000個くらい考えたらどう?」
ヒナタはペンとノートを山村に渡した。
「あのさ、僕なぜかわかんないけど、みんなに嫌われてると思ってるんだよ、だから嫌われないように頑張って仕事してきたんだ。でも、頑張ると今度は頑張りすぎって嫌われるんだよね」
「嫌われる?」
「何かする基準が、嫌われないように、なんだよな」
「でも、普通嫌われないことに全力の人は、普通嫌われないでしょ、嫌われないスペシャリストだもん」
「いや。それがあまり友達いない」
「友達いないなら私が友達になってあげるよ、でも私にエッチな事したら死刑だかんね、私既婚だから」
「ありがとうヒナタ」
「とにかく今は摂氏40度オーバーの砂漠にいる。死なない事を価値の基準にすることをオススメするよ」
「そうする」
ヒナタの運転するトヨタは、スタックする事も、クラッシュすることもなく順調にグラベル(砂利道)をひたすら走り、午後16時半には、ゲベル・バルカ遺跡のあるカリーマに到着した。
14
カリーマは、小さなお店やホテルが並ぶ、素朴で小さく纏まった町だ。
続く
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