第33話

普段は理性的で、穏やに小声で話す聖梨花が、教室に響渡る大声で叫んでいた。ヒナタは驚いた。机に落書きされても黙って消していた気弱な聖梨花が、隣の席に座っていたツインテールの女子に激しくつめよっていた。


「隣の席のあなた、見てたでしょ、これ切った犯人誰か答えなさいよ」

「見てたって、何のこと?知らないわよ、私トイレ行ってたもの」

「私もトイレ行ってたけど、トイレでも廊下でも合わなかったわよね」

「上の階のトイレに行ってたのよ」

「はあ?たった10分の休み時間に、なんでわざわざ、違う階のトイレにいくの?このコート20万はするって知ってるよね?知っててやったんだよね」


聖梨花は、ツインテールの女子の胸ぐらを

両手で掴んだ。女子は口を尖らせて言った。


「そもそも、こんな高いコート学校に持ってきてるが悪いんじゃないの」

「やっぱ、これがお高いコートだって知ってるんだ」


女子は慌てて言葉をかぶせた。


「知らない、他人のコートなんて興味ないわ」

「あなた、あなたが着てる学校の制服、ブランド品で、上下で10万以上するって知ってる?その制服に8000円のコート着てたら、そっちの方がおかしいでしょ」


ツインテールの女子が、一歩後ずさった。


「知らないよ、そんなこと」

「あんたのパパとママは、よほどのお金もちか、さもないとあんたの制服のために、上から下まで全部リサイクル品着てるかもしんないよね?」


女子は、だんだん泣き声になってきた。


「違うよ、私じゃないよ・・」

「最初から、あんただなんて言ってない、誰か教えろって言ってんだよ」

「だから・・私・・トイレに行ってて・・」


制服の胸ぐらを掴まれたツインテールの女生徒は、恐怖のせいか唇が紫色になっていきた。


「助けてよ・・誰か・・」


チラリと別の女生徒の方を見た。聖梨花は女生徒の胸ぐらから手を離した。

「わかった、あんたじゃない。あいつだな」

手を離された女性とは、そのまま後ろの扉から走って出て行った。廊下には、興味本意の他のクラスの生徒が、わらわらと集まってきて、窓から顔乗り出してみている。


聖梨花は教室の一番後ろの窓側の席に座っている、きれいな栗色の髪をした女生徒の前まで歩いていった。


「海江田麗子、あんたでしょ、ハルカのコート切ったの」

「聖梨花さん、この海江田麗子に、言いがかりつけるんだもの、きちんと証拠はあるんでしょうね」

「は?言いがかり?じゃあ、やってない証拠みせてみたら」

「何、その屁理屈、やった証拠見せたら、見せてやるよ」


海江田麗子が席からゆっくりと立ちがった。

教室中の生徒が、麗子と聖梨花の半径10メートルから外に逃げて、じっと様子を見ている。聖梨花は、ゆっくりとポケットに手を入れてそこから、まだ録音中を続けている、スマートフォンを取り出した。


「麗子、あんたで違いない、このスマホの録音を再生したら、全てわかる。それでもいい逃れする?」

麗子は、聖梨花を冷ややかに見た。

「いいわ、好きになさい。でも違ったら、ただでおかないわよ」


“ただでおかない”ただっていくらだよ。100万円か、100円か、それとももっと酷いことされるのか、私は、真面目に正しく混乱していた。これは私の苦手な無限を含んだ、人の心を破壊する言葉だ。しかし、代償より確かなことは、目の前で聖梨花が私のために戦っていることだ。


聖梨花は鬼のような形相で、海江田麗子を睨んでいる。

「あんたら、人をモノか玩具みたいに扱いやがって、だからそんな酷いこと平気でできるんだ。私もハルカも人なんだよ、殴られれば痛いし、切られたら血が出るんだよ」


聖梨花は自分の手首を見せた。そこにはたくさんのまっすぐな傷跡があった


「自分の弱さに酔ってる人って、かわいそうね」


海江田麗子の声が聞こえた時、私は、すでに屈んでいつもハイソックスの下に隠しているサバイバルナイフに手をかけていた。


「だめだ、ヒナタくん」


ハッとして黙ってナイフから手を離した。声をかけてくれたのは国語の林和真先生だった。


聖梨花は、教室を見渡しながらゆっくりと大きな声で言い放った。

「そんな思考しかできない、あんたたちの方が、よっぽどかわいそうだわ」


その次の日、聖梨花は学校の屋上からダイブした。聖梨花が心にどんな地獄を抱えていたのか聞いてあげる事ができなかった。ヒナタはそれが悔やまれた。聖梨花は一命を取り留めたものの、それからずっと病院の無菌室の中で眠り続けている。ヒナタは聖梨花の眠りを覚ます為、お金が必要だった。


だからヒナタは高校を卒業してすぐ外務省が秘密裏に管轄する、国際秘密捜査室に入った。その中でも彼女の部署は、全ての過去の経歴を消し去り世界中の紛争地域に潜入する、最も過酷な部署、プロジェクトA、通称「プロA」だった。スカウトしたのは国語の林和真先生だった。どこで命尽きてたとしても、悲しむ家族のいない天涯孤独の人間だけが所属する「プロA」。林先生も「プロA」のメンバーだったのだ。莫大な成功報酬の代わりに、どこで死しても屍を拾うもののいない、社会に忘れられた者だけが集まる場所が「プロA」なのだ。

続く










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