第30話
ヒナタは、髪に寝癖がついていても、頬に涎の跡がついていても気にしない。夜更かしして、目の周りにクマがあっても平気だ。ヒナタが机に頭をつけて寝ていると、前の席にいる聖梨花が心配して振り返る。
「ヒナタ疲れてる?」
「ううん?元気だよ」
聖梨花はスヌーピーのイラストが描かれた、半透明のポーチを取り出して、ヒナタにファンデーションの色目を見せた。ヒナタの肌の色は日本人より少し濃い。ヒナタはそれを気にしている。聖梨花は一本お化粧道具をとりだしてヒナタの目元に色をつけた
「怒らないでね。私あなたの顔がとても好き、メイクしてもいい?」
「うん?私でいいの?」
「あなたがいいの」
聖梨花はヒナタの目元に、くすんだオレンジ色のファンデーションを塗ったあと、薬指でこすって肌に馴染ませていった。
「うん、かわいい」
ヒナタは、鏡で自分の顔を見た。ほんの少しのことなのに、ヒナタの表情は見違えるほど元気に見えた。
「嬉しい、聖梨花」
「あなたは自分がどんなに素敵か、早く気づくべきね」
ヒナタは自分の存在を全肯定してくれる人に、初めて出会えた事に心から感謝した。
そんな風にヒナタと聖梨花は仲良くなった。二人は常に一緒だった。お互いに欲しくて仕方がなかった“心の友に”出会ったのだから。トイレに行くのも、教室から体育館に行くのも二人で話しながら歩いた。二人でいると、いつもでも話は尽きないし、どんな遊びをしても楽しかった。相変わらず他の生徒とは話をしなかったが、ヒナタはそれでよかった。
そんな聖梨花が、ある日好きな先生について話をした。授業が終わった放課後の教室で、ヒナタと聖梨花は二人きりでいた。
「林和真先生って可愛いのよ」
聖梨花は、くしゃくしゃに顔を綻ばせた。ヒナタは頭をハンマーで殴られたみたいにショックをうけた。それまで聖梨花の笑顔はヒナタにだけに向けられていた。なのに林先生の事を話す聖梨花はとても幸せそうだ。
「聖梨花趣味悪い、林先生なんておじさんじゃない」
「林先生はまだ40代よ」
ヒナタも林先生は好きだった。国語を教えているが、林先生の授業は眠くならない。
ヒナタはワザと、違う先生の名前を出した。
「私は数学の、一ノ瀬先生が好き。マッチョだから」
「ヒナタはマッチョが好きなの?私マッチョな苦手だな、一ノ瀬先生生理的にダメ」
聖梨花は、口を尖らせて言った。ヒナタにとって一ノ瀬先生も林先生もどうでもよかった。ヒナタが一緒にいてドキドキするのは、聖梨花だけだったから。聖梨花を笑顔にするために頑張ってきたのに、聖梨花は全然私の事をわかっていなかった。いつだって聖梨花といる時は心臓がドキドキしてるんだよ。ヒナタは大きな声で叫びがたい気持ちを、喉の奥に飲み込んだ。
「林先生バツイチなんだって、性格に何か欠陥があるんだよ。服装だらしない男は、仕事も女性も中途半端なんだって、おばあちゃんが言ってた」
ヒナタがそう言うと、聖梨花は怒った目をした。ヒナタは心の中で大声を出した。林先生を悪く言うつもりはないんだ。私はただ聖梨花に振り向いて欲しいだけなんだよ。私の心臓はこんなにドキドキしてるんだよ。前にみたいに私に笑って欲しんだよ。ほんとそれだけなのに。心の中でヒナタは悔やんだ。
「別に林先生と付き合う話じゃないよ、誤解しないで。ただ可愛いいってだけだから」
聖梨花は口を尖らせた。そんな聖梨花の横顔にヒナタの胸は高鳴る。しかしそれを伝える事はあり得ない。辛くてもどかしい。聖梨花の整った眉、綺麗に上を向いた鼻筋、ほっそりとした顎のライン、聖梨花の全てが奇跡のようにヒナタの心を絡めとっていた。
続く
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