第29話

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黒紫ヒナタはエジプトのカイロで生まれて、イギリスのロンドンで育った。父は日本人で、母はジャマイカ人である。父の転勤に伴い15歳の9月に初めて日本に来たヒナタは、日本の高校に転入した。


父が日本人だったので言葉のコミュニケーシヨンは問題なかった。しかしクラスに馴染むのに苦労していた。クラスメイトに話しかけても相手に返事さえ返して貰えない。ヒナタは自分に何が足りないかさっぱり分からない。やがてヒナタは友達を作る事を諦めて目立たない様に一人で過ごす様になった。


短い冬休みが終わった。ヒナタは学校にいくのが怖かった。しかし相談する相手がいない。それでも3学期の初日は、1月9日に学校に行った。


その日亜美寺聖梨花(あみでらせりか)は、ヒナタの前に現れた。聖梨花は栗色の髪には、校則で禁じられているパーマがかけられていた。ヒナタの髪も母譲りの巻き毛だ。ヒナタと同じ天然の巻き毛かもしれない。ロンドンの学校に通っていた時は、自分の巻き毛が自慢だった。クラスメイトもヒナタの巻き毛を、可愛いいと褒めてくれた。しかし日本に来たら、パーマは禁止だと言われた。父が説明してくれたが、それ以来ヒナタは自分の巻き毛を恥ずかしく思うようになった。


長い髪を馬の尻尾状に括った聖梨花を見た途端、ヒナタの心臓に衝撃が走った。聖梨花は歌手のアリアナグランデの様に背筋を伸ばして颯爽と歩いた。彼女が教室に現れてから私の隣に車で時間にして20秒くらいの間、教室は水をうったように静かになった。他の生徒は、彼女に気が付いている筈なのに気が付かない演技をしている。ヒナタはそれが不思議だった。

「あなた、初めて見る顔ね、名前は?」

「私は黒紫ヒナタよ。あなたは?」

「私は亜美寺聖梨花よ、よろしくね」

聖梨花はヒナタの前の席に座った。ヒナタのすぐ目の前に聖梨花の背中がある。ヒナタの心臓は高鳴った。


聖梨花はあまり笑わない。しかしたまに笑うと目尻に小さな皺ができる。春の妖精みたい魅力的な笑顔だ。ヒナタは聖梨花の笑い顔が見たくて彼女に話しかけた。聖梨花の笑顔がみれた時はとても幸せな気持ちになった。


ヒナタが転向した時、聖梨花の席には誰もいなかった。その代わりが机の上に花瓶が置かれていた。ヒナタには花瓶の意味が理解できなかった。

「日本ではね、事故で亡くなった子の机に、生花の生けられた花瓶をおく習慣があるのよ」

聖梨花は教えてくれた。


3学期になってからも学校に行くと、聖梨花の机に花瓶が置かれている事があった。その度に聖梨花は、両手で丁寧に花瓶を抱えて、教室の後ろにあるロッカーの上に移動させた。そんな時の聖梨花は鉄仮面の様に硬い表情をしている。ヒナタは何事もなかったかの様に席につき、後ろの席から聖梨花の背中をくすぐったりした。

「やめてよ!ヒナタ」

「笑うまでやめない」

「ギブギブ」

聖梨花が笑顔を見れた日は、ヒナタにとって世界一幸せな日になる。家に帰るまでニコニコが止まらず、夜は満足して幸せな気分でお布団に入ることができた。

ある日聖梨花が言った。


「ヒナタ、消しゴム貸して」

ヒナタが見ると、聖梨花の机には、沢山の卑猥な言葉が鉛筆で書き殴られていた。一人に仕業背では無い。何人かが共同で書いたのは明白だった。聖梨花の消しゴムはすでに小さくなっていた。ずっと一人で消していたのだ。ヒナタは聖梨花から消しゴムを取り上げて、聖梨花の机にある落書きを力いっぱい消した。その日は聖梨花を笑わす事ができなかった。ヒナタは初めて聖梨花の涙をみた。


ヒナタの日記には、9月に日本に来て高校生になってから12月の終業式まで、事務的なやり取りを除くと、誰かと話をした記録がない。3学期になり、聖梨花と出会って初めてヒナタは話をできる友達ができた。

続く











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