第28話
そして、大きな旅行鞄を持って中に入った。猿人のルーシーが展示されているコーナーに急いで行った。玲架と出会える事を期待したのだ。しかし其処に玲架はいなかった。山村はため息をついた。スーツケースの上に腰をかけてしばらく過ごした。
「こんにちは、日本人ですか?」
後ろから声がした。山村は振り返った。初老の男性が話していた。髪の毛に白髪が混じっている。アジア人のようだ。
「どなたですか?」
「こんにちは、あなたの腕時計とても良いですね。セイコーですね?」
男は日本語で話した。正しい日本語だ。しかし、男が誉めているのは腕時計だ。山村は身構えた。
「ありがとうございます」
次に男は言った。
「腕時計ください」
山村は絶句した。その時ようやく気がついた。男は、山村の持ち物を盗もうとしているのだ。旅行のガイドブックに、盗みにあったら抵抗してはいけない、と書いてあった。山村は腕時計を外して男に渡した。
「どうぞ」
男は微笑んだ。
「どうして、腕時計を私にくれるのですか?」
「いや・・・」
「それでは、あなたのスーツケースをください」
山村は答える事が出来ない。スーツケースには旅券もパスポートも入っている。
「それは・・・・」
「あなたは、私を盗賊だと思っていますか?」
男はますます楽しそうに笑った。
「きちんと意見は聞かせてくださいよ。ミスター」
山村助けを求めようと考えた。しかし館内には山村と男しかいない。
「人を呼びますか?あなたは自分の意見を他人に言ってもらいますか?」
男は話した。山村の肛門から汗が噴き出す。
「あ、あなたは、友達だから、スーツケースを・・あげます」
山村は、ゆっくり声を出した。
「そうですか、理解しました。私が友達だから、荷物をくれるのですね」
山村は頷いた。
「初対面なのに、友達なのですか?あなたは詐欺師ですか?」
男は真剣な表情をした。
「いえ・・・・詐欺師ではないです・・」
山村は答えた。
「では私たちは真の友達ですね、たった今から」
「はい・・・・友達です」
「では、友達を我が家に招待します、私と行きましょう」
山村は頷いた。
「では、決まりです、いいですか?」
「わかりました」
男は歩き出した。山村は、男の後ろについて歩いた。博物館の外には車が停止していた。10人のりのラウンドクルーザーだった。見覚えのある車だ。富山の車だ。
「どうぞ、お乗りください、日本の友」
山村は車に乗り込んだ。
「もし宜しければ、これを頭から被ってください。防寒です」
男は布袋を山村に渡した。山村は布袋を頭から被った。
「では、車を出発させます」
車は走り出した。車の揺れを感じた山村は、突然に声を上げて笑い始めた。異常な精神状態にあった。車は夜の間ずっと走り続けた。車が走る間、布袋を被ったまま山村は笑い続けた。
「車から降りてください」
男は山村に声をかけた。山村はゆっくりと車を降りた。山村の肌に冷たい風が当る。もう笑うことしか出来ない。
「歩いて行きます」
「ふふふふ・・・」
人が本当に異常な精神状態にある時、笑いたくなる。それは発見だった。山村は可笑しくて仕方なかった。
男の声がした。
「そんなに可笑しいですか?布袋を気に入っていただけて嬉しいです」
「うううう・・」
「ではそのままお眠りください」。
男はそう言った。その後、ガスの様な匂いがして、山村は眠りに落ちた。
続く
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