第26話

運転席には富田がいて、助手席には玲架がちょこんと座っていた。富田は窓を開けて、顔を出した。

「山村さん、旅行者の一人歩きはとても危険ですどうぞ車に乗ってください」

「恩にきます。ありがとう」

山村が車の後部座席に乗り込むと、玲架が振り返って山村を見た。山村は玲架と目があった瞬間に心臓が高なった。

「順平さん、 今からインジェラを食べに行きます。一緒に行きませんか?インジェラはエチオピアの代表的な食事です」

玲架は少し日焼けしたようだ。あからんだ頬を綻ばせて笑った。

富田も振り返った。

「僕がとっておきのレストランにお連れしますよ」

丸いテーブルの周りに3人は座った。早速富田の話が始まった。

「インジェラの原料は、イネ科の穀物テフです。テフは世界で最も小さい穀物と言われています。まずテフを挽いて粉にします。粉のテフに水を加えて三週間ほど放置します。するとテフは自然発酵してインジュラの原料となるのです」

富田は笑顔で話をした。玲架はそんな富田をうっとりとした表情で見ている。


水で溶いたインジュラを、鉄板の上にクレープの様に伸ばして焼く。発酵食物だから味は酸っぱい。日本人の中には苦手な人もいるだろう。しかしエチオピア人にとっては大事な主食だ。

焼いたインジュラの皮で、ほうれん草とポテトの“ゴメンワット”レンズ豆のターメリック風味“ミスール”、ビーフのレッドペッパー“カイワット”など具を巻いて食べる。


インジュラを食べながら、富田は山村に声をかけた。

「山村さん、エチオピアは人類発祥の地と言われています。ルーシーと呼ばれる猿人の化石があるんですよ」

山村は答えた。

「エチオピアにはいろんな歴史的な資産があるのですね」

「ハザール村アワッシュ川下流域からは たくさんの化石が見つかっています。ユネスコの世界遺産に登録されていますね。この川は人類の祖先に通じている地域なのかもしれません」

玲架は声を弾ませて話し始めた。

「私が行き先をエチオピアに決めた理由は、ルーシーがいたから」

ルーシーとはエチオピア北東部で発見されたアウストラロピテクス・アファレンシスの化石である。1974年11月24日にハザール村アワッシュ川下流域で見つかった。318万年前に生存していたとされる。この猿人の特徴は全身の40パーセントあたる化石が見つかった所だ。脳の容積が類人猿に近く、二足歩行していたと考えられる。イギリスのロックバンド“ザ・ビートルズ”が作った、“ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウイズダイアモンド”という曲がある。この曲は、エチオピアの“ルーシー”にインスピレーションを得て作られたらしい。


「午後から、僕の仕事に行きましょう。発電所です」

山村は食事の手を止めた。

「もちろん行きますよ。ビジネスの話は興味がありますで」


インジュラは、山村の口には合わなかった。長旅と疲れで、山村の体調が万全ではなかったせいもある。山村は大半を食べ残した


富山は車の中で次の行き先について語った。

「今から僕の車でアルトランガノ地域へ行きます。ここは、日本が“環境プログラム無償資金協力”を通じて掘削した場所です。ここに地熱発電所を作ります。それが僕の仕事です」

食事の後、山村は車に乗せられアディスアベバから南に約200キロ位置にあるアルトランガノ地域に向かった。アルトランガノ地域では新しい地熱発電所の建設を見据えたプロジェクトが進められていた。


運転は富田がして、山村は助手席に座った。玲架は後部座席に乗っている。運転しながら富田は地熱発電の説明をした。

「エチオピアは人口が9900万人に達しました。首都アディスアベバは、オフィスビルや商業施設の建設ラッシュです。この先電力需要はさらに拡大が見込まれています」

「そうなんですね」

「しかし、エチオピアの発電所設備の最大能力は約4300メガワットです。このうち8割以上を水力発電が占めています」

「エチオピアは水が豊富なんですね」

「はい、エチオピアでは3月から5月が小雨期で、6月から9月は大雨季です。10月から3月は乾季で雨が降りません。水力は乾季に電力供給が不安定化します。だから季節や天候に左右されず一定の電気を安定的に供給できる地熱発電所を建設しているのです」

「そこで日本の技術が役立つのですか?」

「日本は世界第3位の地熱資源量を持っています。そして地熱発電機器では世界市場シェア約7割を誇っています。エチオピアと日本は実は似てるんですよ」

やがて広大な大地が現れて車は停止した。

「アルトランガノ地域です。降りましよう」

続く

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