第23話

キャビンアテンダントが食事のワゴンを押して通路をやってきた。

「肉か、魚かどちらになさいますか?」

思いがけない出来事が起こり、山村は食欲がわかなった。余った食事は玲架が残らず食べた。

「これから長旅になります。おやすみなさい」

そう言って玲架は目を閉じた。すぐに小さな寝息を立てて眠りに落ちていた。山村はキャビンアテンダントに2枚の毛布をリクエストした。一枚は自分用に、もう一枚は玲架の為に。 山村は、玲架の肩に毛布をかけながら別れた妻に引き取られた娘の姿を思い出していた。


10

山村はエチオピアのアディスアベバ空港の税関を出た。エチオピアは6月の大雨季を前に、小雨季と呼ばれる雨の季節に入っていた。


首都のアディスアベバは標高2400メートルの高地に位置している。気温は25度。日本よりずっと過ごしやすい気候だ。標高のせいで蚊もいない。蚊が媒介する黄熱病やマラリアなどの伝染病が発生しにくい。エチオピアは国土の殆どが高度1500メートル以上にある。通貨の単位はブルという。1ブルが大体日本円で2.5円程度(2023年5月現在)である。コーラが18ブル、コーヒー一杯が30ブルほどになる。日本では円からエチオピアブルに両替することはできない。

「順平さん、私日本円をエチオピアブルに両替したい、ついてきてください」

山村は、玲架と両替を行った。そしてタクシー乗り場に向かった。太陽は高い位置にあるが、気温は25度程度だった。アディスアベバと日本の時差は6時間だ。山村は時計を6時間戻した。

「玲架さん今から予定は?」

「ホテルロベリアを予約しています」


乗りあいタクシーには、長蛇の列ができている。エチオピアは、自国で自動車の生産を行なっていない。だから走っている車は全て輸入車だ。しかし、輸入車には、関税や物品税など何種類もの税金が課せられている。高いものでは税率は300%にもなるらしい。エチオピアは世界で最も自家用車を所有し辛い国の一つらしい。程なくして一台のランドクルーザーがやってきて玲架の前で停止した。それを見るなり玲架が車に駆け寄った。

「敬司!」

ドアが開いて、中から真っ黒に日焼けした日本人が現れた。玲架は彼の首に手を回して唇を合わせた。唇が離れるまで数分の間、山村は黙ってその様子を見ていた。しばらくして彼は山村の方に歩いてきた。そして、がっしりとした右手を山村に差し出した。

「初めまして、今回通訳をいたします、富田敬司です」

一瞬躊躇した後、山村も右手を差し出した。そしてガッチリと握手を交わした。

「こちらこそ初めまして、富田さん」その間、玲架は富田の腕を掴んで寄り添っている。今まで見せた事のない無防備な姿だ。まるで高校生の様に潤んだ目をしてる玲架。山村は全てを悟った。そして富田に対して嫉妬心を抱いてる自分に気がついた。娘だなんてとんでもない。間違いなく山村は玲架の事を女性として意識していた。

山村はそんな自分が可笑しかった。家族の人生を崩壊させた自分がまた同じ事をしようとしている。歴史は繰り返すというが、人生も繰り返すのだ。


「山村さん、どうぞ乗ってください。あなたの事は玲架からよく聞いています」

続く





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る