第18話

”エルニーニョ”という気象用語は、スペイン語で“神の子”あるいは“男の子”という意味である。


 確か山村が幼い頃は、夏の猛暑と言ってもせいぜい30度くらいで、あがっても32度とか33度くらいだったように思う。あくまで記憶だし、スマホの無い時代だから情報も朝のテレビニュースか、ラジオくらいだから当てにならない。


気象庁のデータを確認してみると、1969年大阪の8月の平均気温は28.1度で、2022の8月の平均気温は29.8度だそうだ。じわじわ上がっているが、思ったより急激な変化ではない。


しかし、データーに見えない部分で変化が起きている可能性もあって注意が必要だ。現代は土の地面が極端に少なくて、8月の猛暑の時期は、高温でアスファルトが熱せられて空気を温めるので、熱の逃げ場がない。温暖化とは違うが、土の地面を確保して、より多くの緑の植物が育ったなら部分的には、涼しく快適に過ごすことは可能かもしれない。もう少し木や草花が生える土の部分があれば、体感温度は変わるのかもしれない。


2015年9月の関東・東北豪雨で、鬼怒川の堤防が決壊して甚大な被害をもたらした。

 古来よりの鬼怒川は「あばれ川」と呼ばれ、氾濫を繰り返してきた。1000年前の鬼怒川は、日光の山奥を源流として最終的に東に向いて、現在の糸繰川を通じて小貝川に合流する支流と、杉下で小貝川と合流し南東に流れ、龍ケ崎市を経て常陸川(今の利根川)に合流する支流に分岐する。


 鬼怒川の流れるルートは長い時代の中で、何度も変わってきた。江戸時代には、利根川の流れを東に移すために、人工的の瀬替え (大木開削) が行われた。


 最初に鬼怒川と小貝川を人工的に分岐させる工事に着手したのは、江戸時代の武将、伊奈忠次である。


伊奈忠次は、戦国時代から江戸時代初期にかけての武将で、三河国幡豆郡小島城(現在の愛知県西尾市)城主である伊奈忠家の嫡男に生をうけた。


徳川家康に仕えたが、1563年に起った三河一向一揆の折に、父である忠家が三河一向一揆に加わった為、一揆を抑える側であるにも拘らず徳川家康のもとを逃げ出してしまう。


しかし1575年の長篠の戦いで、陣を借りて功績を上げたおかげで再び家康の家来に戻った。


家康の嫡男である信康家臣として、信康についたのだが、信康が武田氏と内通していたとして自害刃させられると、再び逃げる。


逃げた伊奈忠次は、関西の和泉国、堺に住んでいたが、1582年に本能寺の変が起った折に、堺を遊覧中であった徳川家康を小栗吉忠らと本国へ還る事を手伝った事により、再び徳川家康の家来になることを許された。


この顛末が有名な伊賀越えである。忠次が変わり者だったのか、家康の心が広かったのか、その武蔵国足立郡小室(現在、埼玉県北足立郡伊奈町小室)および巣鴨の場所で一万石を与えられ、関東を中心に各地で検知、新田開発、河川改修を行った人物である。


 忠次が行った支流を分離する工事は、利根川を東側に移動させる為だったが、忠次が下妻市の南に堤防を築いた事で、鬼怒川と小貝川の間を流れていた川(豊田川と大川)の水位が下がって、周辺に広がっていた沼地の水が引いて、水田を作るのに適した広大な耕作地帯が出現した。

その後、鬼怒川は、奥州会津地方から物資運搬路のルートとして発達した。


2015年の夏は異常に暑かった。しかし、山村にとっては、冷房代がいつも寄り高い以外は生活が特に変化した訳ではなかった。温暖化より家賃や税金の支払いのほうが、山村にとってよほど切羽詰まった大問題だ。


テレビでもラジオでもニュースでは、世界の気候が上昇して中東では水の価値が石油よりもあがっていると報道されているのは知っていた。

山村とて、子供の頃より夏の暑さが厳しくなり大雨が多くなった事は感じていた。何より、お金さえ払えば、瞬時にしてガスは供給されるし、電灯のスイッチを押せば灯が灯る。有限な燃料をこんなに簡単に使い倒していいのか、と、時々罪悪感を覚えるが、電気を少し消しても節約を実感する事はできなかった。


それより職場での人間関係のストレスの方が山村にとっては遥に切実な問題だった。

その年の年末にパリ協定が締結された、と、テレビニュースが流れてきた。

続く









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