第15話

「SNSで金券が当たる応募を載せて、金券を当てさせて、其処から、詐欺の実行犯をリクルートすることもあるらしいんだ」

「その時点で立派な詐欺やな、今の世の中悲しいけど、人が金なくて食べるものもなくて死にそうな時、甘い声をかけてくるのは悪人ばっかりや、そんな時は外に出て自分の足でなんとかするしかなんやとわかってるけど、一人では何にもできんもんな」


祖父は若い頃、大変な遊び人だったらしい。しかし戦争も貧困も飢えも体験してきた祖父は、山村とは違う価値観を持っていて、悪は悪だが、人間、根っからの悪人はいないとよく言っていた。


そんな時祖母は「悪人に同情するから、つけ込まれて土地を盗られたり、借金地獄になったしたのよ」と山村に耳打ちした。


祖母が言うには、今生きているのは奇跡だ、私たちは道端での野垂れ死してもおかしく無い時代があって、明日のご飯を心配しなくて良くなったのはこの5年くらいよ、教えてくれたりした。山村にとっては、優しい祖父と祖母だが、かなり大変な人生だったらしい。


その日、慎二の提案で、すぐ近所の、奈良の法隆寺に行く事になった。

「待っててな、すぐ用意するさかい」

慎二はそう言って、洒落たスーツに着替えて車椅子に座った。

「じいちゃん、そのスーツ良い仕立てだね」

「わかるか?さすが順平やな。若い頃神戸のテーラーで仕立ててもろたんや。まだ現役やで」


山村はひと目見て、そのスーツが熟練の職人による、丁寧な手作業で作られた事がわかった。職人の分厚い手の動きが想像できるような、見事な仕立てのスーツだった。

慎二は自慢げに顔を綻ばせて笑った。


笑った時の目尻のシワが別れた娘に少し似ていた。例え別れても、人ってどこかで繋がっている物だな。山村は嬉しくなった。


「じいちゃん、法隆寺はよく来るの?」

「いや、中学の遠足以来きた事ない。地元の観光地ほど、行かへんもんやろ」

「柿食えば、鐘が鳴るなり法隆寺、の法隆寺でしょ」

「そうや、それは正岡子規の句やな」


山村は、慎二の乗った車椅子を押して法隆寺に入った。一般料金は1500円なので、二人分のチケットを支払う。慎二は車椅子移動だが、障がい者手帳を持ってはいないので、一般の料金になる。


「正岡子規は、俳人だけど、野球好きだったんだよね」

「そうや、東京の上野公園に、正岡子規が野球してた広場があるはずや」

正岡子規は、1867年に愛媛県松山市で生まれた歌人で、当時日本に知られたばかりだったヤキュウを「野球」と初めて漢字を当てた。(“のぼーる”、と呼んでいたらしい)


「『まり投げて、見たき広場の春の草』という句もあるんやで」

「国語の教科書でしか知らなかったけれど、面白い人だったみたいだね」

「さあな、会ったことないさかいわからんな」


山村の腹が鳴った。

「順平、腹減ったか?」

「じいちゃん、柿が食べたくなったよ」

「そやな、秋に、もいっぺんおいで。うちの庭の柿を食わしてやるわ、今日のところは、柿の葉寿司でも食べに行こか」


 法隆寺は建築されて1400年になる、世界最古の木造建築だ。大陸の建築文化を学んだ飛鳥人たちが、知恵と工夫で日本の風土に合わせてアレンジして作った、木造建築の最高傑作の一つである。


「若い時はな、神さんとか仏さんとか信じなかったけど、年取ると、神さんも仏さんもすぐ近くにおるような気がするんや」

そう言いながら、慎二は若い女性がいると、横目でチラリと見ている。着飾って外出するのは、この為なのだと山村は合点が言った。


「じいちゃん、僕も法隆寺は小学校の遠足以来だけど、大学の頃読んだ宮大工の棟梁の本を今でも見返すよ」


『木のいのち、木のこころ(新潮文庫)』は、法隆寺宮大工の家系に生まれた、宮大工棟梁、西岡常一、その弟子小川三夫、塩野米松による本である。

“木の癖組は、工人たちの心組み”

“職人というのはそれぞれ癖があるけれど、それを使うのが棟梁。”

“木の癖を見抜いてその癖をいかせ”

“癖はいかん物だというのは間違っていますのや。癖は使いにくいけど、生かせばすぐれたものになるんですな。”

(木のいのち 木のこころ P102、103)


法隆寺の宮大工の棟梁を務めた、西岡常一氏が経験を通して宮大工という仕事を語る内容。職人集団の束ねかた、技の伝達方法など、徒弟制という古い式たりについて説明しながら、現代にも通じる組織論のヒントが散りばめられている。


「1400年ものの建物の前にいると、年の差70歳くらい、ないのと一緒に思えんか?」

慎二は、20代の女性二人連れを目で追いながら、ため息まじりに言った。

「じいちゃん、ワインは熟成物が好きなのに、女性は若い方が好みなんだね」

山村は少し意地悪に言った。

「いやこれは失敬、女性も熟成ものが好きやで」

そんな四方山話をしながら、山村は慎二の車椅子を押して境内を歩いた。


続く

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