第14話
ハローワークは混雑していて、話を聞くだけでゆうに半日を要した。 職を求めて順番を待つ人たちは、一様に下を向き暗い表情をしている。絶望的な空気が部屋に充満している。山村を面接した職員も、少し疲れ気味だったので、気の毒になってろくに質問もできなかった。
パソコンで求人を探していると、初老の職員が山村に声をかけてきた。
「パソコンの操作方法わかりますか?」
「はい、なんとか」
職員はにっこりして頷いた。
「ねえ、この建物は去年できたばかりなのです。なのに室内はカビ臭くて、部屋の空気はとても息苦しい。ね、そう思いませんか?」
「そうかもしれません」
「人の恨みや怨念、絶望が混じった吐息は、コブラだって殺すそうです」
「吐息でコブラを・・?」
山村のパソコンの手を止めて、老人の方を見た。
「ここに集まる人たちは、皆一様に気持ちが沈み、絶望して心が弱っている。中には今日生きるためのお金さえ持ってない人がいます」
山村はパソコンの手を止めて、部屋を見渡してみた。
「希望を失った人の耳元で、優しい言葉で破格の美味しいバイトを提案されたら、あなたなら動じますかの仕事を提示してきたら皆飛びつくでしょう それがもしブラック企業だったり犯罪ギリギリの仕事だったとしても」
「はいそれはもう承知しています」
「ですが幸いなことに現在は必要な情報はほとんど個人で集めることができます。闇企業がいかに 巧妙に正体を隠したとしても、能動的に情報集めるならば間違う事はありません。確かに知らない場所での偶然の出会いと言うものも存在します。受け身で騙されるだけです。再就職と言うのは人生の中で一番のチャレンジです。ましてやあなたは日本に生まれた。 期限が来たら打ち切られる保険支給より、自分自身で苦しいでしょうけど生きる術を探して下さい」
「そうですけど・・」
「ここに来ている人は1人残らずその力がありより良い人生を送る事ができると私は信じています」
ハシゴを外された気分だった。しかし、自分の人生を自分で切り開く意思がなければ何も始まらない。。受け身の人生からは事態は改善しない。そんなことはわかっているさ。それができないからい、いま僕はここにいるんだよ。
山村は、奈良に住んでいる祖父の所に行った。祖父の慎二は今年92歳になる。足腰こそ衰えたが、いまだに元気で健康に過ごしている。
山村が祖父の家に電話すると、嫌に警戒した声の祖父が出た。だいぶやりとりした後、祖父は漸く山村本人だと納得した。
「ごめんな、本物の順平か。最近高齢者を狙った強盗や詐欺があるから、めっちゃ警戒してるんや」
「それなら知ってる。一人暮らしの高齢者の家に強盗が押し入った件だね」
「昔からオレオレ詐欺はあったけれど、だんだんやり方が残酷になってくる。わしらも命を守らんとあかんからな」
「強盗を行った連中は、死刑または無期懲役と言う事だけど、外国で糸を引いている黒幕がいるらしいよ」
「そうなんや、 わしら高齢者も大変やけど、 今すごい景気悪いから、会社を解雇されたり契約切られた人が物凄い沢山いるらしいな」
「うん。そんな人らが金に困って騙されて、詐欺や強盗の実行犯になるらしい」
「そういう特殊詐欺一味の一番の獲物はわしら高齢者や。 しかし黒幕がいる。そいつらは若くて心優しい若者の人生を奪い取って、金に変えているんや。一番の被害者は人生を奪われた若者かもしれへん。なんとかしたいと思うけど、ワシには何もできん。 それに人を殺めたのは事実やからな。世界中で起こっている戦争で、相手を殺したり殺されたり前線の兵隊さんは、ほとんどが真面目で勤勉な人ばっかりや。いつも一番弱い人間が、酷い目にあうんや」
続く
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