第13話

「とても素晴らしい。画期的なアイデアだわ。これなら世界を変えられるかもしれない」

「しかし、我が社で同じ事をしようとすると巨大な資本が必要です。新しい部署を作り、ノウハウを持った人材を雇う必要がありますね」

「そうか、本来は市町村や国家が行うくらい大きなプロジェクトになってしまうわ」

「でも、宣伝の材料として古い衣服を持って来てくれたら買い取り、あるいは新品を買って頂いた時に値引きしますよ、と言う集客方法は昔からありましたよね」

「ウチでもやったことあるわね」

「難しく考えないで、我が社に眠っている既存のノウハウやアイデアを組み合わせて、まず小さな事から始めたら?」

玲架はクスッと笑った。

「離婚した後、急に仲良くなるカップルがいるけど、うちの会社退職決まってからの方が、いろんなアイデア教えくれますね」

「そうですか?うちは離婚した後、未来永劫、元妻とは会う事ないと思いますねどね」

別に玲架の意見を批判したいわけではない。誰にも相談しないまま離婚した山村は、

きっと誰かに、自分の身の上を聞いて欲しかっただけだ。ただ素直に聞いてほしいとは言えず、つい批判的に皮肉を言ってしまう。山村は、そんな自分も嫌だった。


「いつか私にオーダーメイドの服を作ってくれませんか?」

「もちろんです。約束しますよ」


差し出した玲架はの右手を見て、山村は学生時代行動を共にした、ある男の事を思い出していた。表面上はとても愛想が良くて優しく見えるが、自分が気に食わなければ、みんなの目の前で、冷酷で残忍な精神的虐待を平気でできる、嘘まみれの男だった。


手を見ればその人間の事がわかる。そう祖父が言ったのを思い出した。玲架の手は、つるんとして苦労しらずの、のっぺりした凡庸な手をしていた。ネジ一本締めることが出来なさそうな手だった。とても工学部とは思えない。玲架があの男に似ているはずがない。山村は自分の考えを訂正した。


山村は、会社を退職してからしばらくはインターネットで見つけた、小さな書き物の仕事を請け負った。 しかし書き物といっても、クライアントによって要求されるスキルは全く違うし、時間がかかる割には単価が数千円と言う仕事ばかりだ。 おそらく1人で仕事をすると言うのは、そうした小さな仕事を積み重ねて個人の信用を得て、大きな仕事につなげていくものなのだろう。


しかしろくな準備もスキルもないまま、個人で仕事を取るのは不可能だ。 手持ちの金がほぼ底をつくる前に、山村はハローワークに行った。 しかしここでも現実をの厳しさを見せつけられることになった。

続く


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