第11話

痛みの中で、救急隊の迅速な対応と、医師の迅速な判断を山村は目の当たりにした。

ここは、医療のプロフェッショナルたちにとって、まごうことなき戦いの場なのだ。

人を生かすという、一点のみに彼らは力を結集させる。


自分の身勝手で、多くの人たちに迷惑をかけた、なのに周りの人たちは、こんな自分に手を差し伸べて、助けてくれる。そのあと主治医から病状の説明があり、治療の選択を問われ、山村は傷口が塞ぐまで安静にして自然治癒する保存療法を選んだ。


腹部の激痛は数日続いたが、やがて点滴をつけたままではあるが、立って歩けるまでに回復した。

山村は、点滴を調整する機械のバッテリーが続く間だけ、部屋を離れて食堂まで行けるまでになった。わずか20メートルの距離を歩けるようなるまで、実に二週間が必要だった。


食堂の窓から少しだけ海が見える。わずかに見える海の青さが山村の心の傷をいくぶん慰めた。遠い戦国時代に、武士たちが馬に乗って、急な崖を駆け降りた場所だ。


ただし点滴の量をコントロールする機械のバッテリーが続く、わずか20分程の時間にすぎない。非力なバッテリーに繋がれた自分の姿が、まるでディプロイ不足のF1パワーユニットの様に思えて、山村は苦笑した。


傷が回復してくると、仕事の事、支払いの事、過去の過ちなど現実的な事が思い出された。その度、胸が焼けるくらい後悔した。そして、自分が生きている不思議に感謝した。此処には、重い病気の人がたくさんいたから。


窓から見える景色の中に。太古の昔にこの峠を武者たちが走り抜ける姿が想像できた。

日に日に痛みが和らいでいく。身体が回復していくことが実感できる。人の体は実に上手くできている。


ちょうど一年前に母が病気で亡くなっていた。母は亡くなったけれど自分は生きた。自分が生かされた事には何か意味があるのではないか?


ずっと長い間、自分の人生がうまくいかないのは、自分の能力不足と考えていた。だから自分を変えるために、せめて努力位しなければならないと考えてきた。


しかし何度考えても、どうしても自分の作った服が、時代遅れかもしれないが、

駄作だとは思えなかった。確かに不器用だし考え方は古いかもしれないが、会社の為、家族の為に全力を尽くしてきた。それがたとえ実を結ばなくても、単純でシンプルな思考回路で、もがき苦しみながらしゃにむに努力する。それしか知らないバカ正直な愚か者が自分なのだ。もう十分に自分を責めた。そろそろ自分自身を許してやってもいい頃じゃないか。


入院から二週間ほど経過した頃、一人の女性が山村の病室を訪ねてきた。

「アール」の2代目若社長である柳村玲架だった。若社長の噂は聞いていたが

実際に会うのは初めてだ。


社長は定番のフルーツセットを持ってくる代わりに、タオルや石鹸、パジャマの着替えを大量に持ってきた。退屈凌ぎにと持ってきた文庫本は、不倫して地獄に落ちる男の話で、あまりにタイミングが良すぎて自虐的に笑ってしまった。


玲架は仕事の引き継ぎは問題ない事や、休みついては心配ない事、会社としては職場の復帰を待っている事などを手短に告げて帰って行った。


なぜ、若社長は、平社員の自分に直々にお見舞いに来たのだろう?山村はまた考え込んでしまった。その時、まさか彼女によって山村の人生が180度変化してしまうとは、その時は考えられなかった。

続く









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