第5話
通りに面したお店には、高級自動車のディーラーや時計のブランド店が並ぶ。
フェラーリディラーで車の商談をしている男と、セールスマン。
こんな派手な車買って、どこで乗るんだよ。玲架は心の中で毒ずく。高級ブティックを覗いても、場違いに派手な化粧をして高級なアクセサリーをつけてはいるが、中身はまだオムツの取れないおしっこ臭い若い女が、何十万もする高級バッグを、親子ほど歳の差がある男におねだりしている。
たかがバッグに数十万円も払うなんて、全く世の中狂ってる。偽物と本物の区別もつかない連中が、粋がってブランドバッグ持っている。自分達は、食べ物一つにしても、格安店スーパーで大量購入して、小分けにラップで包んで冷凍保存している。
バッグは量販店のワゴンセールで買った5000円のバッグ。ブランドの名前だけで、何倍も値段が上がるバッグを持つなんてくだらない事だ。量販店で買ったバッグもきちんと物は入る。ブランドなんて、物の価値がわからない連中が、高いものが良いものだと、商売人に錯覚させられて買わされてるだけ。
それに比べて、ものの価値を知り、スーパーの特売のチラシを比べて一円でも安いし品物を買う自分の方が賢い消費者だ。玲架はそう思った。
ふと、玲架はショーウインドウのガラスに写った自分の姿を見た。浮腫んだ顔と丸く膨らんだお腹に、思わず目を逸らした。
学生時代はすらりとした痩せ型で、胸も大きくウエストもくびれていた。大学のミスコンで優勝したり、モデル事務所でバイトした事もあったけれど、いまさら色気づいて、ダイエットして何になるというんだ。
いつまでもお化粧して、男に尻尾振る女なんて痛いだけだ。10分ほど歩いただけで、玲架ははあはあと肩で息をしていた。
「でも体はしんどいな、山岳部にいた学生時代は、5時間山歩きしても平気だったのにな・・」
今はすっかり腰まわりについた贅肉を、シャツの上からむぎゅっと摘んでみる。
「早いか遅いかの違いだけで、みんなどうせ歳をとって死んでいくんだ。老化には逆らえない。アンチエイジングなんて糞食らえだ。自然の成り行きに身を任せる方が、賢い生き方だよ」
玲架はそう呟いた。
昔はクラスで目立たない様に、地味で莫迦で大人しくて真面目なふりをしていた。
祖母から、女は無学でいいから、結婚相手が見つかるまでは明るく気立よく振る舞いなさい、と言われていた。それまでいい子のふりしてなさい。ふりでいいんだよ。
高校時代の玲架は祖母の教えを硬く守っていた。しかし、イジメられるばかりで、いい目にあったことはなかった。
誰とも恋仲になることなく、玲架は高校を卒業して大学に進学し、就職して初めて一つの真理に気がついた。
男という生き物は、無理して優しくするより、威嚇して強引に攻撃すればするほど自分にチヤホヤして優しくなることを。元々激しい性格を心の底に閉じ込めていた玲架は、男なんて本当は優しい女なんて求めてないのだと気がついた。
優しい女を演じていた学生時代は、見下され、いじめの標的にされて来た。
就職してからは、玲架の天下となった。男なんて言葉でコテンパンに攻撃すると、次の日からぺこぺこ頭を下げて機嫌をとりにくるようになるのだ。男とはそんな単純な生物だったと初めて知った。それから急にモテる様になった。そのようにして夫とも付き合うようになり結婚したのだ。
玲架が歩いていると、聞き覚えがある声がした。スーツ姿の会社員が二人で話している。それは自分の部下だった。玲架は後退り、奥まった路地で聞き耳を立てた。
「ちょっと、異常だよな、言い方が異常」
「うんうんわかる。自分は仕事完璧かもしれないけど、言い方がきついよ」
続く
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