第2話


2015年の9月、山村順平はとうとう46歳になった。若い頃から転職を繰り返して仕事が定まらなかった山村は、自分が人間として壊れていると考えていた。溌剌と働くスーツ姿のサラリーマンに憧れた。


30代のはじめに山村は家庭を持つことになる。家族を守るために手に職を付けようと服飾専門学校に通い、老舗のアパレルメーカー「アール」でようやく正社員の職を得た。

生まれて初めて人並みの幸せを得た気分だった。娘も生まれて家族三人で命尽きるまで、協力して生きるのだと疑いもしなかった。


その幸せもわずか10年ほどしか続かなかった。山村は仕事で行き詰まっていた。元々周りに合わせて、自分を変化させる事が苦手だった山村は、時代の要請に応じて世間が求める洋服を作るのは得意ではなかった。山村の時代遅れのセンスを、過去の化石とか昭和の遺物などと揶揄する人間もいた。しかし何より山村本人が、自分の力不足を一番感じていた。


新しく入ったデザイナーたちの発想の斬新さや、奇抜さは山村にとって脅威でしかなかった。新しいデザイナーたちと山村では、そもそも育ってきた時代や環境が違うから違って当然なのだが、山村はそうは思わなかった。どんなに普通になろうとしても、自分は壊れた、まがい物でしかない。生きている資格さえない。


仕事が上手く行かなくなった山村は、家に帰ってもほとんど笑わなくなり、黙って塞ぎ込む事が多くなった。


山村の仕事の原点は、いつも自分が経験した事だった。例えば子供の頃に祖母がミシンを踏んで山村の為に作ってくれた手製の洋服だったり、自分でお小遣いをためて買った洋服だったり。想像や他の人が作ったデザインをヒントに、自分の作品を作るのは苦手な作業だった。


山村が理想とする洋服は、着る人の体型や生活習慣に合わせた身体の一部となるような洋服だった。一人一人の体型に合わせる事は、その人がどんな場面でその服を着るかという事も含まれている。着たら気分がわくわくする洋服。山村はそんな洋服たちに、人生の辛い時期を助けてもらった。その恩を次の誰かに渡すことが、自分の使命だと考えていた。


しかし、オーダーメイドの洋服は長く着れる分、製作コストが高くつき高価になる。山村についた得意のお客さんもいたが、耐久性があるからリピートまで長い時間がかかり、売上は上がらない。山村を贔屓にしてくれたお客さんは山村と同じように高齢化していくから、店まで買いに来る事ができなくなっていく。


「アール」の販売戦略も、店舗販売からインターネット販売に移行して行った。その結果パソコンの画面で綺麗に美しく映える、色が鮮やかで見た目が特徴的なデザインを備えた洋服が好まれる様になった。よく言えばスタンダード、悪く言えば地味で古臭い山村のデザインした洋服は、さっぱり売れなくなっていった。


山村の服は手に取り着てみて初めて良さがわかる洋服だから、ネット販売には到底向いているとは思えなかった。それに新たなデザインの洋服を発表しても、売り出した途端、他社のデザイナーに形をコピーされることもしばしばあった。


そのうち家族とトラブルがあり、山村は家をでた。3ヶ月のち、離婚届が郵送されてきたので山村は、黙って印鑑をついて返送した。作り上げるのは大変だけど、壊れる時は一瞬だ。もう誰の罪も問うまい。問うたところで過去は変えられない。


妻も子供もいなくなると、高い税金と維持費が必要な自家用車は手放した。

山村にとって車は何より大切なものだったが、個人で維持するには金がかかり過ぎる高級品に思えた。その代わりネットでモータースポーツを見始めた。


続く



















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