国際秘密捜査官プロジェクトA
鈴鹿 一文(スズカカズフミ)
第1話
プロローグ
2015年F1第13戦カナダグランプリでの事だ。
「燃料を節約してくれ」
マクラーレンホンダチームは、競り合いをやめて燃料をセーブする様にアロンソ選手に指示を出した。マシンが競り合うと燃料を余計に消費するからだ。アロンソ選手はこう返した。
「断る。今僕はとても重要な局面にいるんだ。こんな車で走るなんて恥ずかしいよ。
まるで素人みたいだ。まるでGP2マシンみたいじゃないか」
アロンソ選手のマクラーレンホンダMP4-30の背後からフェラーリのマシンが迫っている。アロンソ選手は全力でブロックを試みるが、マシンの性能差は如何ともし難しかった。
その次のレース、2015年9月28日。F1第14戦でのことである。レースはホンダのホームコース、鈴鹿サーキットで開催されていた。当時ホンダはチームマクラーレンにエンジンを供給していたが、性能でライバルに大幅な遅れをとっており、とても最強とは言い難い品質だった。
ステアリングを握るのは、ともに元ワールドチャンピオンのフェルナンド・アロンソ選手とジェイソン・バトン選手。
アパレルメーカーに務める会社員の山村順平は、鈴鹿のグランドスタンドで数十年ぶりにF1レースを観戦していた。
そのシーズン、ホンダが制作したRA615Hエンジンは、期待通りのパワーを発揮できず、マクラーレンホンダのマシンは苦戦を強いられていた。山村はマクラーレンホンダが、ホームストレートで無惨にも次々と追い抜かれる姿を目の当たりにした。
かつて16戦15勝を記録した無敵のホンダエンジンというイメージは、今や過去の栄光でしかなかった。しかし仕事も家庭もうまく行っていない山村は、勝てないホンダも嫌いではなかった。むしろそんなホンダを余計に応援したい気持ちになった。
アロンソ選手はF1より下のカテゴリーである、GP2並のパワーしかないと言い切ったのだ。どんな状況でもどんなマシンでも、コースに留まっている以上は戦う。それがレーシングドライバーという生き物だ。天性のレーシングドライバーであるアロンソ選手にとって、戦うことなく道を譲るのは想像を絶する屈辱だった
だろう。
車自体が良くないのは仕方ない。自分がミスするのも仕方ない。しかしチャレンジする事なく敗北するのは耐えられなかったに違いない。ノーアタック、ノーチャンス。レースの世界では、戦わない者にチャンスは訪れないのだ。
ホンダのプレスリリースを引用すると、「今回持ち込んだスペックは、ルノーよりも10馬力多く出ているのです。ドライバビリティはウチのほうが圧倒的にいいはずです。ICEだけはちゃんと出力が出ています。ただしディプロイが切れれば、そんな10馬力や20馬力のICEの差はどっかにいってしまいます」
現代のF1エンジンはパワーユニットと呼ばれ、ホンダが得意とした揮発性の燃料を発火させて動力を得る一般的なエンジンは、ICEと呼ばれパワーユニットの一部でしかなかった。
パワーユニットは、ICEの他に二つの電気モーターで構成されていて、3つの動力源を電子システムで制御している。かつてホンダが作ったエンジンとは全く違う、複雑なハイブリットシステムなのだ。ICEと言われるエンジンが優秀でも、ディプロイと呼ばれる電気モーターからの力が及ばないと、パワーを発揮できない仕組みになっていた。
続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます