疲れたよ、おぶって側にいてくれ
ログを救ってすっかり疲れ切っていたカルメは、このままログの胸元で眠ってしまいたかったが、気力を振り絞って立ち上がった。
最後の問題を処理するためだ。
カルメがログに支えながらも歩いて行くその先には、茫然と座り込んで無気力に二人を見つめるキリがいた。
もはやその目に戦意は無く、物語でも見つめるような非現実的な瞳で二人を眺めている。
「おい」
掠れた声で話しかけると、途端にキリは正気を取り戻して頭を抱えた。
小さく丸まって、頭を地面に擦りつけて震えるその姿は哀れとしか言いようがない。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
元々キリがこちらに攻撃をしてこなければ、カルメもログも何かをするつもりはなかったのだが、キリのあまりの怯えぶりに最早どうしてよいのか分からず、二人は顔を見合わせた。
お互いの困ったような視線が交差する。
二人には、恐ろしく不気味だったキリが、ただの臆病なこどもにしか見えなかった。
『ログを殺しかけたこいつを、私は決して許せない。でも、だからと言って私たちがこいつに何かをするのは、違う気がする』
ログも同じ気持ちだったのだろうか、カルメと目を合わせると頷いた。
「おい、落ち着け。私たちは決してお前を許さないが、何かをする気も無い。立て」
ぶっきらぼうに言うと、キリはそろそろと立ち上がった。
瞳は酷く怯えていて、目深にフードを被っている。
「どうします? この子」
「私達じゃ手に負えないもんな。とりあえず村長に任せるしかないだろ。おい、これからお前を村に連れて行くが、もし、もう一度魔法を使ったら、ただじゃおかないからな」
カルメが低く唸るように言うと、キリはビクリと肩を震わせて頷いた。
『なんだかな。これじゃまるで、こっちが悪者みたいじゃないか』
カルメは内心でため息を吐くと、ログに肩を借りながらキリを村まで連れて行った。
村の門では、村長、門番のガード、サニー、それと真っ白い衣服を身に着けた男性二人が固まって、何かを深刻に話し合っていた。
「おい、お前ら何の話をしているんだ」
ガスガスになったカルメの声が五人の会話を遮ると、彼らは一斉にカルメ達の方を向いた。
特に見知らぬ男性二人は、カルメとログの隣にいるキリを凝視している。
サニーが慌ててカルメ達の元へと駆け寄った。
「それが、実は聖女を殺害した容疑者がこの村に来ているかもしれない、とメリアーネ教の聖職者の方たちが教えに来てくださったんです。ところで、その子は? それに、お二人とも随分とお疲れのようですが」
「まあ、色々あったんだ」
カルメが疲れ切って言うと、代わりにログが口を開いた。
「急にその子が俺たち、というかカルメさんに襲い掛かってきたんだよ」
ログが疲れ切った苦笑いで言うと、サニーは驚いたようにまじまじと男性二人に囲まれるキリを見つめた。
男性二人の内、背の低い方がキリを見張り、背の高い方がカルメ達の元へとやってきた。
「村長、彼こそが聖女殺害の容疑者です。彼による被害を確認するためにも、そこの女性たちに話を聞きたいのですが」
それを聞いた村長は、困ったようなオレンジの瞳をカルメ達に向けた。
カルメは一つ頷くと、
「分かった。けど、手短に済ませてくれよ。疲れているんだ」
とだけ言った。
「ご協力、感謝します。今襲われた、と聞こえましたが、その時の彼の様子はどのようでしたか? また、彼は特殊な魔法を使いますが、お二人は被害には合われませんでしたか?」
「様子……確か、虚ろな感じで攻撃してきたと思う。虚ろな割に凶暴で、支離滅裂だった。だが、私もログもそれなりに強いんだ。だから魔法については避けることができた。それにしても、そいつの魔法はそんなに強いのか?」
カルメはログがキリの魔法に侵されたことは内緒にして、シレッと嘘を吐いた。
ログもカルメに合わせて、何も言わずに頷いた。
「彼は病の魔法を使うことができるのです。当たらなかったならよかった。けれど、随分と疲れているみたいですね、つかぬ事を窺いますが、貴方は治療魔法を使うことができますか?」
男性が疑い深くカルメを見つめる。
カルメは内心でため息を吐いた。
『やっぱりな。こいつは私がアルメの娘だって疑っているんだ』
聖女が消えてしまった衝撃は大きい。
カルメがアルメの子であるならば、病を治す薬系の治療魔法を使えるかもしれないと期待して、カルメに問いを投げているのだと察していた。
『残念だろうが、半分正解で半分不正解だ』
カルメはあからさまにため息を吐くと、ログに庇われた時に地面にぶつかった衝撃できた、腕の擦り傷を見せた。
そこへ魔力を流して治療魔法を使ったが、傷はゆっくりゆっくりと塞がりカサブタとなったところで止まってしまった。
「見ての通りだ、使えないも同然だよ」
カルメの力を確認した男性はそうですか、とあからさまにがっかりするとカルメの元から離れてキリの方へと向かった。
『随分と露骨だな』
カルメは呆れて笑うと、自身の腕を見た。
カルメは治療魔法の適性が極端に低い。
けれども、外傷を治す系の治療魔法と病を治す系の治療魔法の両方の適性をもっている。
適性さえあれば、その時の意志の力と込める魔力の量によって奇跡のような力を行使しうるのだ。
『でも、そんなことは滅多に有り得ない。今回は私が極めてまれな量の魔力を使えて、かつ病に倒れたのがログだったからできたんだ』
奇跡はあくまでも奇跡で、相手を治す意思と莫大な魔力のどちらかがわずかにでも欠けてしまえば、今回のような魔法は決して使えなかった。
そうならば、やはりカルメ自身が男性に説明したように、カルメは治療魔法を使えないも同然だった。
『奇跡だろうが何だろうが、一度でも病を癒したとなると面倒くさそうだ。このことは内緒にしといたほうがいいよな』
苦笑いして男性たちを見ていた。
「あの、その子はどうなるんですか?」
ボーッとキリたちを眺めていたカルメの隣で、ログが男性に問いかけた。
「キリはこれから教団に連れて帰り、後日、国の裁判にかけられます。聖女云々以前に一人の女性を殺した容疑が掛けられていますから。まあ、刑が軽く済むということはないでしょう」
「……そうですか」
無機質に言う男性にそう返事をして、ログはカルメの方を向いた。
「帰りましょうか、カルメさん」
「ああ、そうだな。疲れたから、もう寝てしまいたい」
とろんとした目でムニャムニャと口を動かして言うと、ログは微笑んでカルメをおんぶした。
ログの体温が温かいのが嬉しくて、カルメはギュウッとログを抱きしめた。
ログの耳元で囁いてお願いをする。
「ログ、今日、私は悪夢を見てしまいそうだ。悪いが、私の目が覚めるまで近くにいてくれないか?」
「いいですよ。もう、悲しい思いはさせませんから」
ログはそっと、甘やかすように囁き返した。
「ありがとう、ログ。おやすみ」
「おやすみなさい、カルメさん」
そしてそのまま、カルメはログの背中で眠りこけた。
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